歌舞伎が“遊び”の中心だった。市川染五郎さんが子供の頃、歌舞伎座に父や祖父の芝居を観に行っては、登場人物たちの真似をした。白塗りも隈取りも、歌うような台詞回しも、「そのぶっ飛んでいる感じが、子供の僕には刺激的で、楽しかったんだと思います」。父である松本幸四郎さんのミュージカルを観劇したときは、「これはお芝居じゃない!」と言ったこともあるほど、幼い染五郎さんにとっては、芝居=歌舞伎という認識だった。

「今もその“遊び”の延長で、歌舞伎の世界にいるようなところがあります。決して遊び感覚でやっているのではなく、歌舞伎に携わることが楽しくてしょうがないという意味ですけれど……。歌舞伎って、なじみのない人にとっては、どうしても敷居が高いものかもしれない。でも、歌舞伎の楽しみ方って、“不思議”とか、“変わってる”とか、“おかしい”とか、“ぶっ飛んでる”とか、そういう感想から入ってもらっていいと思うんです。たぶん、子供の頃の僕もそうだったと思うから」

 高3で進路を決める頃、「歌舞伎には向いていないんじゃないか」と悩み、やめてしまおうかと思った。

「でも、向き不向きなんて、死ぬまでわからない。やめようと思ったのも、理想と実際の自分にギャップがあって、“これは無理だ”と思ったからなんです。でも、やめたいぐらい好きだったら、好きなことでなら一番になれるかもしれないと思って」

 架空の国「カブキ国」を舞台に、染五郎さん演じる金王丸が冒険の旅に出る「渋谷金王丸伝説 スペシャル版−冒険の章−『カブキ国への誘い』」では、子供の頃に体験した純粋な感動を、歌舞伎に縁のない人たちとも共有できれば、と考えている。

「演出も担当するのですが、面白いのは、振り付けや役が、演じる人によって独り歩きしていくことです。自分にはできない踊りを、人に踊ってもらうこともできますし(笑)」

 歌舞伎では昼公演、夜公演合わせて1日に5役を演じることも普通だし、新作を手がけることもあれば、映像作品に出演することもある。常に多忙だが、芝居で達成感を得られるのは一瞬に過ぎないのだとか。

「以前、立川談志師匠が、『不安だからやり続けるんだ』とおっしゃっていたことがあるんです。『できたと思ったら、その時点で興味がなくなるだろうから、俺はやめる。今日はうまくいっても、明日はダメかもしれない。その恐怖があるからやり続けるしかない』って……。談志師匠ほどの人が、って最初はビックリしましたけど、でも、実際その通りだとも思いました」

 歌舞伎以外の芝居をするときも、「歌舞伎がホームだ」という意識はない。常にホームグラウンドであり、戦場だと思っている。

「人様に見せられる技なり心なりを持っていないと、いることはできない場所なんです」

週刊朝日  2014年8月15日号