ドラマ評論家の成馬零一氏は、新ドラマの第1話を時間延長で放送する“習慣”についてこういう。

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 連ドラがはじまると、第1話を15分や1時間延長することで、スペシャル感を出そうとすることが多いのですが、はっきり言ってあれは逆効果ですね。

 リズムが崩れてお話が冗長となり、終わる頃には「もう見なくていいや」と、萎えることもしばしば。最悪の印象ばかりが残る悪習です。しかし、『ペテロの葬列』は、珍しく初回2時間放送という長さがうまく生かされていました。『ペテロの葬列』はTBS系で月曜夜8時から放送されているドラマです。

 原作は宮部みゆきの同名小説で、大企業の広報室の社内報副編集長・杉村三郎を主人公にした犯罪小説の3作目。前2作の『誰か』『名もなき毒』(ともに文春文庫)が同放送枠で『名もなき毒』としてドラマ化されたのが好評だったため、このたび、続編が作られました。

 物語の舞台は前作から2年後。取材帰りにバスに乗った杉村(小泉孝太郎)と編集長の園田(室井滋)と編集部員の手島(ムロツヨシ)は、バスジャック事件に巻き込まれてしまいます。こう書くとよくある犯罪モノのようですが、ユニークなのはバスジャック犯(長塚京三)の物腰がやわらかく「すいませんが、動かないでください」と、ですます口調で脅迫してくること。銃で脅しながらも、丁寧な口調で乗客の携帯電話を回収し、閉鎖された会社の駐車場にバスを停めた後は、バスの運転手と乗客の一人であるおばあちゃんを解放し、運転手に警察に連絡するように命じます。ここまで、実にスマートな応対で、もしかしたらいい人なんじゃ? と、錯覚しそうになります。

 
 しかも犯人は、人質の乗客たちに、後で慰謝料を払うけどいくら欲しいですか? と聞いてくるのです。乗客は「マンションのローンがある」とか、「パティシエになるための学校に通いたい」と、自分の境遇を言わされ、それを聞いた犯人は、5千万円、1億円と慰謝料の額を決めていきます。このあたり、思わず笑ってしまうのですが、先の展開がまったく予想できないため、目が離せません。やがて犯人は、3人の“悪人”をここに呼んできてほしいと警察に要求します。

 面白いのは、はじまって16分程でバスジャックが起こって以降は一種の密室劇としてドラマが進むのですが、だんだん自分が人質の一人となって、狭いバスの中に閉じ込められているような気持ちになっていくことです。2時間という長さもすごく生きていて、まるでリアルタイムで時間が進んでいるかのように感じられます。極度の緊張状態のために、拘束された人質が犯人に対して好意的な感情を持つことをストックホルム症候群と言いますが、その心理状態を、追体験させられているかのようです。最終的にはSAT(特殊急襲部隊)が突入して事件は解決するのですが、犯人は自殺してしまい、犯人が呼ぼうとした3人の正体を含めた膨大な謎が残されたまま、第1話は終わります。

 その後、事件の裏に隠された真相を杉村たちが調べることになるのですが、そこに長谷川京子が演じる謎の女性も絡み、謎が謎を呼ぶ展開となっていきます。

 今後は、第1話の細かな場面が伏線となっていくのではないかと思うのですが、1話をまるごと使った壮大なネタ振りとして、実に見事なスタートでした。これなら、初回2時間スペシャルも大歓迎です。

週刊朝日  2014年8月1日号