米大リーグで復活を遂げつつあるメッツの松坂大輔。しかし、西武時代に間近で見てきた東尾修氏は、大リーグではなく、「日本で200勝を目指せ」と言う。

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 メッツの松坂大輔が5月25日(日本時間26日)のダイヤモンドバックス戦で、今季初先発して勝ち投手になった。どんな形だろうと、メジャーの舞台が大輔にとって日常に戻ったことは、18歳の時から西武の監督として間近で見てきた私にとっても、まずはよかったと思う。

 投球フォームはだいぶ変わった。テレビの映像を見て感じたのは、下半身からの連動性がないというか、求めなくなったなということ。

 投手の理想は、足の先から指の先に、最大限の力を伝える連動性、しなやかなフォームで投げることだ。今の大輔のフォームは、下半身からの連動よりも、どうやったら腕を振れるかを考えている形だ。

 2009年の第2回WBC以降の不調で、マイナーでリハビリ生活を送っていた同年8月。フロリダ州フォートマイヤーズで練習中の大輔を訪ねた。その時に彼の口から、股関節を痛めていたことを聞いた。

 股関節の柔軟性の重要性は、私も西武時代から言ってきたことだ。痛めてからは股関節が使えなくなり、上半身だけで投げるようになっていた。股関節を使えないからうまく体重移動ができず、右腕がしっかり上がるのを待てずに肩や肘だけで投げる。右肘の手術へとつながる要因にもなっただろう。

 今は、右肩を下げて、その反動で投げる形で勢いを出している。スリークオーター気味にして、腕の通りをよくする。今の彼の体の状態において、ベストであるのかなと思う。

 
 高校時代から投げ続けてきた。すべてが万全でいられるわけがない。それでも球速は150キロ近く出ているし、空振りも取れている。体重移動も傾斜のある大リーグのマウンドを使っていれば、問題はないよ。

 今の自分の状況を把握し、最適な形をとる。大輔には、投球の形だけでなく、自分の働く場のことでもそれを考えてほしいな。

 メッツの球団方針で、若手投手に先発枠を与えるため、大輔はまた中継ぎに戻る。ただ、その状況がベストとは思わない。

 今年1年、救援で結果を残せば、来年以降も大リーグ球団から契約はもらえるかもしれないが、それは先発投手としてではない。あくまで、先発と救援の兼任投手として、だ。34歳になるんだろ。自分の将来設計を考える時期に来ていると思うよ。

 大輔には「大リーグで駄目だから日本に戻る」という考えはない。日本の野球が世界に通用することを証明するために海を渡ったのだから。

 けれど、それ以降、周囲の見方は十分変わった。田中将大、ダルビッシュ有、岩隈久志、黒田博樹の先発陣に上原浩治、田澤純一ら救援陣もいる。野茂英雄から始まり、大輔がつないで、今の投手陣がある。大リーグも日本投手が通用することは分かっている。

 プライドや使命ではなく、自分が何をやりたいか。先発で、と思うなら日本に戻ることも選択肢に入れていいのではないか。

 今のフォームであれば、傾斜のある東京ドームが一番合う。 200勝までまだ30勝以上ある。大輔の入団時に、私の200勝記念ボールを彼に渡した。彼が200勝した時の記念球と合わせて返してもらう約束を、ちゃんと果たしてもらわないと、ね。

週刊朝日  2014年6月13日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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