福岡市博多区に住むシングルマザーのK子さん(40)は、東日本大震災の後、「環境のよさそうな九州で子供を育てたい」との思いから、縁もゆかりもない福岡で、小学3年生の息子Y君(9)と暮らし始めた。あるとき、息子の様子がおかしいことに気づいた。もともと内気な性格だが、ますます引きこもりがちに。

「学校はどう?」

 尋ねると、小さな声で、「言葉が分からない」 と言う。そして、いきなりワッと泣きだし、「『とっとーとー』って何?『きききー』は?」と叫んだのだった。

 博多弁で「とっとーと?」は「(物や席などを)確保してある?」という意味で、「きききぃー」は・聞きにおいで・聞き取れる(か?)・来ることができる(か?)といった意味があるようだが、Y君には難解だった。さらに、「いちにのさん」の掛け声を、福岡では、「さんのーがーはい!」 と言う。これが恥ずかしくて言えないから学校に行きたくないという。K子さん、気合を入れた。

「お風呂で練習しなさい。大きな声で!」

 それ以来、毎晩、風呂場から、
「さんのーがーはいっ!」
 と言うY君の声が聞こえてくるようになった。

 特訓を重ねたせいか、友人もでき始め、最近では、「大牟田では、『せーのーがーさんはいし』って言うんだって。タイミングとりにくいよね~」と、知識をひけらかすまでになじんでいる。

週刊朝日  2014年5月30日号