今秋以降の放送が決まった連続ドラマ『平成猿蟹合戦図』(WOWOW)。原作者の吉田修一さんが撮影現場を訪ねた。場所は東京・歌舞伎町、演じるのは、鈴木京香さんと高良健吾さん。吉田さんがそのときの様子をこう綴る。

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 深酒をして午前七時の歌舞伎町を歩いたことがある。弁当を売るワゴン車に仕事明けの若いホストが青白い顔で列をつくり、雑居ビルからは「これからもう一軒飲みに行こう」と声を上げるグループが出てくる。歌舞伎町では夜が終わらない。夜が終わらないまま、朝がくる。

 そんな歌舞伎町での撮影現場を今回見学させてもらった。常々思うのだが、普段私たちは街を眺める。決して街に眺められることはない。しかし唯一例外があって、それは女優さんがそこに立っている場合だ。彼女たちは間違いなく街から見つめられている。

 逆に俳優さんの場合、こちらも私見ではあるが、彼らは街にとけこむ。まるで街の一部になってしまう。

 ただ、これが映像になると、真逆になる。スクリーンやテレビに映し出された時、街に見つめられていたはずの女優は、まるでその街と暮らしているかのように見え、街の一部だったはずの俳優は、その街から逃れようともがいているように見えるのだ。

 今回お会いした鈴木京香さんと高良健吾さんは、まさにそんな印象の方々だった。映像の中に暮らす女優と、その場所から逃れようとする俳優が紡ぎ出す物語を、今からとても楽しみにしている。

週刊朝日  2014年3月28日号