作家・村山由佳「母娘だからわかり合えるというのは幻想」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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作家・村山由佳「母娘だからわかり合えるというのは幻想」

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 母との確執に悩まされている娘世代の女性は少なくない。自身の作品でも母との葛藤について書いてきた作家の村山由佳さんは、いまだに認知症になった母とどう関わって行けばよいのかわからないという。

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 4年前に『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞を受賞したとき、母は開口一番、「お母ちゃんも作文一番やってんで」。そこですか、と思いながらも、娘に嫉妬心を露にするのは母らしいと思いました。

 彼女は、女優になっていたら満足できていたような、自己顕示欲が強い“劇場型”。でも不幸にも、自己表現の場が子育てしかなかった。だから私を自分と同化し、自分ができなかったことをやらせようとした。私はまさに、母の作品でした。

 母は私を“恐怖政治”でコントロールしていました。いちばんうまかったのは飴の使い方。ことあるごとに私を褒め、自尊心を伸ばして、肥大させるんです。そして最後に必ず「さすが、お母ちゃんの子や」。と言う。私は必死で母を喜ばせ、自分の存在を許された気分になるのです。

 けれど、劇場型の母の一面には反発も覚えました。例えば、お恥ずかしい話ですが、私が14歳で万引きをしてしまったとき、母は店に謝りながら、今このときとばかりに「うちの子に限って」を連発し、狂乱状態になりました。母の意識は私ではなく、自分に向いていると本能でかぎとった瞬間、心が離れました。

 17歳のとき、母が父の浮気を苦に自殺を図ったときは「狂言だ」と確信しながらも、「心配したよ」と精いっぱい娘らしく振る舞いました。母が喜ぶ態度をとるのが得意だったんです。


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