堤真一が「本当はやるつもりなかった」役とは? 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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堤真一が「本当はやるつもりなかった」役とは?

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 シェイクスピア四大悲劇のひとつ「マクベス」。その舞台に初挑戦する俳優・堤真一だが、本当はこの仕事を引き受けるつもりはなかったという。

 わかりやすい大衆的な作品と、すこし難解でエッジの利いた作品――。名の知れた人気俳優でありながら、彼は、いつも自由にそのふたつの間を行き来しているように見える。“役者としての自分の原点”と公言する舞台では、ここ数年、演出家で俳優の千葉哲也さんとタッグを組み、「興行的な成功だけでなく、挑戦的な作品を作っていくつもりで(笑)、ちょっと難しい芝居もやっていました」。

 社会人としては、十分守りに入っていい年齢とキャリアなのに、常にチャレンジを続けている。それは、「役者を辞めるかもしれないという選択肢が、いつも自分の中にある」ことがそうさせているのだとか。

「若い頃は、“役者としてとにかく頑張ろう”って必死だったので、とかく自分を追いつめがちだった。でも今は、役者を辞めたときの自分をたまに想像して。“こういうことをやっても生きていけるかな”なんて思う。周りからどう見られるかとか、優れた役者はどうだったとか、そんなことはどうでもいい。自分がもっとラクに、もっと自由に生きるためにはどうすればいいかを追求しているほうが、役にも気負いなく入っていけるし、失敗を恐れなくて済むんです」

 とはいえ、演出家で俳優の長塚圭史さんから、「マクベスをやりたいんだ」という話を聞いたときは、「ここで直接オファーが来ても、自分は絶対にやらないぞ」と思っていた。

「古典だと、現代との共通点がとにかく見いだしにくいので、お客さんとの距離の詰め方がすごく難しい。イギリス人にとってはなじみ深い地名でも、日本人が聞くと、“え? 今どっちの領地の話をしているんだ?”ってなりますし。ただ、長塚さんが、マクベスに予言を与える魔女を世間やマスコミに見立てたいって話をしたときに、うかつにも、“面白そうだな”って思ってしまったんです(苦笑)。世間やマスコミって、自分たちで勝手に人を持ち上げておいて、勝手にその人のことを落とし込むじゃないですか。今回の舞台では、マスコミや世間だけじゃなく、観にきたお客さんも共犯者みたいにして、物語の中に巻き込みたいんだ、ということだったので」

 小さい頃から実家にあった文学全集を取り寄せ、「マクベス」をあらためて読んでみると、翻訳家によってキャラクターの描き方がまったく違うことに驚いた。

「父親が、文学全集を集めるのが趣味で。本人はまったく読んでないと思うんですけど(笑)。そのうちの何冊かを読んだら、たとえばスコットランド王のダンカンが、マクベスのことを“あなた”と呼んでいる訳もあれば、“あんた”と呼んでいる訳もあって。それだけでキャラクターの印象がガラリと変わるんです。それもまた、繰り返し翻訳され、上演される古典の面白さかもしれないですけど。今度の舞台がどのあたりに落ち着くのか、まだ全然見えてこなくて、せめてもう1カ月早く稽古に入りたかったな、と(苦笑)」

週刊朝日 2013年11月22日号


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