心理学者の小倉千加子氏は、公立学校で働く教頭先生の過酷な労働環境の実態についてこう話す。

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 古い友人から2年ぶりに電話があった。その市では最年少の若さで公立小学校の校長になった女性である。現在は教育センターの現場の教員の指導に当たっている。センターの長として近々小学校の教頭先生たちに「元気を出させる話」をしなければならないのだが、何を話せばいいかを考えると悩んでしまうというのであった。「学校を変えるいい方法を考えないといけないんですよ」

 そもそもなぜ教頭先生に元気になってもらうのかというと、今、現場では教頭のなり手が激減していて前の3割くらいしかいない。その原因に教頭先生の激務と疲労困憊ぶりがあるからだという。

 教頭先生の仕事の中には「保護者対応」「地域対応」があり、それは苦情の電話に対して謝ることや、土曜や日曜に運動場を地域の人に開放するために鍵を開けに出勤することなどなどである。

 公立学校の先生がうつ病に罹(かか)る率は民間企業に比べて近年異常に高い。超過勤務や持ち帰り仕事が普通にあるが、しかしそういうことがストレスの直接の原因ではないという。

 超過勤務や帰宅してからの仕事のために、睡眠や休息をとるための時間が少なくなり、授業のための十分な研究や準備の時間が確保できない。学校にいて同僚や同じ学年の担当とコミュニケーションをとって授業のことを考える時間がない。何らゆとりのない状態で日々の授業を流しているのである。それでも年間授業計画は作らなくてはいけないので、書いたことと行動していることの乖離が甚だしくなり、自己肯定感が持てなくなる。そして何より、保護者との関係が難しい。

 教頭になると、官庁に出す膨大な報告書の作成に追われ、一日パソコンの前に坐っている。立っている時は、電話を受けながら直角になって謝罪している。休みの日にも出勤するので、平の教員以上に疲労が蓄積し、回復することがない。

「今に、誰も教頭にならなくなりますよ。そんな教頭先生を元気にするために何を話すかなんです」

「聞いていると、全てが心理的な負担の問題ですよね。仕事の量を減らさずに個人の心理的な負担感を軽減させるというのはおかしいでしょう?」

「おかしいです。教頭を元気にさせるというのも、私に与えられた上からの命令なんです。実効性がなくても、報告しなくてはならないんです。公立のここがおかしいと思うところはありませんか?」

「入学式をなぜ平日にやるんですか?」

「え? 平日にやると何がいけないんですか?」

「働くお母さんが増えているのに、平日だと参加できないじゃないですか」

「そんな……。入学式は開校以来ずっと平日です。そのことに何の問題も起こっていません」

「運動会の昼食時間に、児童が給食を食べに校舎に入っていくので、親も自宅に戻り、午後の部はもう来ない。一部の家族だけが校庭でお弁当を開いているのは?」

「それは各学校で違うんです。お弁当を持ってこられない児童もいるんですから」

「給食費を払わない親にはどうするんですか?」

「給食費を払って下さいと教頭が家庭を回って頼みに行くんです。それでも払えないと言って払ってもらえません。え? 私立では給食費を払わない親はいないんですか?」

「いません」

 それから、大阪府が公立中学にも給食を導入したことで教頭先生の仕事がまた一つ増えますねという話になった。

週刊朝日  2013年11月15日号