泣きたい人が集まって意識的に涙を流す――。こんな“涙活”が今、ブームになっている。泣けば、デトックス効果で自律神経が休まり、ストレス解消になるという。そこで本誌記者は涙活イベントに潜入取材した。

 東京・西新宿にある雑居ビル5階の会場には、すでに30人ほどの老若男女が椅子に座っている。意外なことに男性のほうが多い。気になったのは報道陣の多さだ。記者が数人、テレビカメラも大小合わせて5台ほど。ちょっと泣きづらい……。

 照明が落とされて、自称「涙ソムリエ」の嵯峨崇司さん(31)による宮沢賢治の詩「告別」の朗読が始まった。農学校の教師を退職するときに、教え子に向けて語るかたちで作られた詩である。目を閉じて聞いている人もいるが、まだ準備運動の段階。さすがに涙を流している人はいない。本番は、6本の「泣ける動画」なのだ。年間に1千本もの映画を見る嵯峨さんが厳選したものだという。

 1本目は、白バックに黒文字の文章が次々に現れるスタイルのもの。女手一つで育ててくれた母親への言葉がつづられていく。しかし、会場から聞こえるのど飴の包装をむく音で我に返ってしまった。2本目は、残念ながら見たことがある動画だった。展開がわかっているのでなかなか涙腺がゆるまない。3本目がいちばんグッときた。全身麻痺の息子と共に鉄人レースに挑戦する父親の動画だ。素晴らしい笑顔を見せる息子と、その車椅子を押して走りながらゴールへ向かう父親の姿は感動的だ。思わずウルッときたとき、誰かのケータイのバイブ音が鳴りだす。ああ、もう少しだったのに……。

 6本全部見ても、僕は泣けませんでした。

「涙活」の名付け親でもある主催者の寺井広樹さん(32)に、泣くことができなかったことを話すと、それは仕方がないと言う。

「泣きのツボは人それぞれ。今回の動画は、ツボに刺さらなかったのでしょう」

週刊朝日 2013年5月31日号