三國連太郎 昭和が愛した名優の終幕 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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三國連太郎 昭和が愛した名優の終幕

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 たばこをくわえながら真剣な眼差しを見せる父の横で、満面の笑みを浮かべる男の子。1964(昭和39)年2月に写した三國連太郎さんと息子の佐藤浩市さんだ。こたつを囲む一家団欒の光景に、「昭和」が息づく。

 4月14日、90歳で亡くなった三國連太郎さん。「家族や私的なことは一切、口にしなかった」と、「釣りバカ日誌」シリーズの3作品で監督を務めた本木克英さんが言う。

「話すことといえば、セリフの言い回しや脚本についてばかり。撮影後、ホテルの喫茶店に呼び出されては、自分で見つけ出した役柄の関連資料を手に、ご自身が納得するまで何度も何度も聞き返されました」

 大の甘党。酒も飲まずに演技について長い時間をかけて語る。

「昭和の日本映画全盛期を支えた唯一無二の存在でした」(本木監督)

週刊朝日 2013年5月3・10日合併号


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