どんなときに健康だと感じるか? 歯科・口腔外科の名医で鶴見大学歯学部教授の斎藤一郎氏によると、患者さんへのアンケートでいちばん多い答えは「おいしく食事をとったとき」だそう。「食べ物を噛む、味わう、のみ込む、話す、歌うなど、『口』の働きは人間の『生きがい』に深く関係しています」と語る。

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 食事を楽しむためには、20本以上の歯が必要といわれています。しかし75歳以上で20本残っている人は5割以下。入れ歯やインプラントといった義歯は、もとの歯に比べて噛む力が5~9割減り、小さく噛み砕く力も3分の1から6分の1になってしまいます。やはり、自分の歯が一番なのです。

 歯周病が糖尿病や心疾患のリスクになることは、近年、周知されるようになってきました。当院(鶴見大学歯学部病院)では全身の老化度検査も行っていますが、その結果と口の老化度は一致するところがとても多い。例えば、噛む力と全身の筋肉量は比例します。うまく噛めないと、筋肉が衰え、体のバランスが取りにくくなり、転倒しやすくなります。そして、噛めなくなることは認知症にも影響することが明らかになってきました。東北大学が70歳以上の高齢者を対象に認知症の程度を計測した結果、健康と判定されたグループの人には平均して14.9本の歯がありました。一方、認知症の疑いありと診断されたグループは平均9.4本しかありませんでした。噛めなくなると脳の老化がぐんと進んでしまうのです。

 噛む行為はダイレクトに脳を刺激してくれるので、噛み応えのある食事を心がけましょう。食物繊維をたっぷり含む野菜類や赤身肉を大きめに切って、ひと口30回以上噛むといいですね。満腹中枢を刺激するので、食べすぎを防げます。よく噛むと唾液の分泌も活発になります。実は、唾液は単なる水分ではなく、人間の身体を健康に保つために必要な成分をたくさん含んでいます。口の中の雑菌を減らして虫歯や歯周病を予防し、脳の細胞と神経を修復、活性化する作用があります。

 口角を引き上げて「イー」、口をすぼめて「ウー」を交互に5~8回続けるお口のトレーニングは、唾液の分泌を促し、のみ込む機能を取り戻してくれます。歯磨きのあと、1日2回程度、取り入れてみてはいかがでしょうか。

週刊朝日 2013年4月5日号