衝撃の事実が明らかになったのは、2011年12月15日に行われた元東京地検特捜部の田代政弘検事(44)の証人尋問でのことだった。

 田代検事は小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐって10年1月に逮捕された石川知裕議員(38)から小沢氏の関与を認める調書(以下、石川調書)をとった"功労者"だ。

 その田代検事が10年5月、石川氏を再聴取した際の捜査報告書に、虚偽の内容を書いていたことが弁護側の追及で発覚したのだ。

 報告書によれば、石川氏は小沢氏の関与を認めた理由をこう述べている。

「私が『小沢先生は一切関係ありません』と言い張ったら、検事から『あなたは11万人以上の選挙民に支持されて国会議員になったんでしょ。小沢一郎の秘書という理由ではなく、石川知裕に期待して国政に送り出したはずです。それなのに、ヤクザの手下が親分を守るためにウソをつくのと同じようなことをしたら、選挙民を裏切ることになりますよ』と言われたんです。これは結構効いたんですよ。堪えきれなくなって、『小沢先生に報告し、了承も得ました』って話したんですよね」

 まるで石川氏が田代検事の説得に心を打たれ真実を吐露したかのような記述だ。

 しかし、このような会話は石川氏が再聴取時にカバンにしのばせたICレコーダーの記録には一切残っていなかった。

 小沢氏の弁護側は実際の取り調べと異なる内容になった理由について厳しく追及した。

 それに対し、田代検事は、
「石川さんの著書の話などの記憶が混同した」
 と、あくまでミスだったと主張した。

 だが、元東京地検特捜部長で弁護士の宗像紀夫氏(69)は、「記憶を混同するなんてありえない」と断言する。

 宗像氏は1978年に発覚した航空機導入をめぐる不正献金問題「ダグラス・グラマン事件」で、事情聴取をした商社常務が自殺する、という経験をしている。

「すぐに副部長の指示で、1回から6回までの事情聴取の様子を詳細な捜査報告書にまとめました。参照したのは聴取時につけていた取り調べメモです。小沢氏というビッグネームの政治家に関わる捜査で検事が内容を混同するなんてことは到底考えられません」

◆虚偽の報告書が起訴議決の根拠◆

 さらに、田代検事の釈明がにわかには信じられないのは、この報告書が聴取の4カ月後に行われた検察審査会の議決で非常に大きな役割を果たしているからだ。

 石川氏自身の裁判では「検事による威迫や誘導があった」として証拠採用されなかった石川調書を、検察審査会は「再捜査で石川自身が有権者から選ばれた議員であることなどを理由に合理的に説明している」と、この報告書の存在を根拠に「信用できる」と認定。小沢氏に2回目の起訴議決を出した。

 ジャーナリストの江川紹子氏(53)は言う。

「万が一、審査会の判断に影響を与える目的で報告書に虚偽の記載がされたとすれば、大阪地検特捜部の証拠隠滅事件に匹敵するような犯罪です」

 くしくも、田代検事の出廷した翌日に証人として出廷したのは郵便不正事件での証拠隠滅罪で現在服役中の前田恒彦・元大阪地検特捜部検事(44)だった。

 応援として、大久保隆規・元秘書(50)の取り調べにあたった前田元検事は、
「本件では裏献金で小沢先生を立件しようと積極的なのは、(当時の)佐久間達哉・特捜部長や木村匡良主任検事など一部で、現場は厭戦(えんせん)ムードでした」
「大久保さんを取り調べましたが、『とても無理ですよね』と感じました。(中略)佐久間さんらが東京拘置所に陣中見舞いに来たとき、(中略)『雰囲気を教えてくれ』ということを言われました」
 と一部の幹部らが小沢氏の立件に積極的だったと証言した。

 検察審査会で出された「強制起訴」という民意が検察によって仕組まれたものだとしたら--。

「石川氏の録音記録がなければこの問題は発覚すらしなかった。虚偽の報告書作成は検察内で日常的に行われていた可能性もある。外部の人間も入れて経緯や背景を徹底的に調査すべきです」(江川氏)

 報告書だけではない。江川氏はこの裁判で、検察の公平性や捜査のあり方そのものが問い直されていると指摘する。

「石川氏らの裁判で、裁判所は石川氏が土地の登記と代金支払いの時期をずらしたことについて合法と認識していたことは『はなはだ疑わしい』と認定しました。しかし、この裁判で出廷した不動産業者の証言から、代金支払いと登記をずらすことを提案したのは石川氏ではなく、不動産会社だという事実が明らかになった。検察がいかに都合のいい証言や証拠だけをつまみ食いして事件をつくってきたかが露呈しました」

 最高検察庁はこの裁判をどう受け止めているのか。質問状を送ったが、「公判継続中の事件であり、指定弁護士の活動に影響を与える可能性もあるのでお答えできない」との回答だった。

 だが、組織的に報告書が捏造されていたとすれば、もはや一検事の「暴走」ではすまない。いち早く真相を調査し、究明するのが信頼回復への近道だ。  (本誌・大貫聡子)



■小沢事件のこれまでの主な流れ■

【2004年】 
10月29日 陸山会が東京都世田谷区の土地を約3億5千万円で購入。この日、所有権移転請求権の仮登記。原資は小沢氏の手持ち資金4億円とされる。この土地購入の事実を04年分の政治資金収支報告書に記載せず

【2005年】 
 1月 7日 世田谷区の土地を所有権移転登記。陸山会の05年分の収支報告書に土地購入日として記載

【2007年】 
 5月 2日 陸山会が、土地購入時に提供された4億円を小沢氏に返済。07年分の収支報告書に記載せず

【2009年】 
 3月 3日 東京地検特捜部が西松建設の違法献金事件で、大久保隆規・元公設第1秘書らを逮捕
12月18日 大久保元秘書が違法献金事件の初公判で無罪を主張

【2010年】 
 1月15日 特捜部が石川知裕衆院議員と池田光智・元私設秘書を政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で逮捕
   16日 大久保元秘書を同容疑で逮捕
   23日 特捜部が小沢氏から事情聴取
   31日 特捜部が小沢氏から2回目の事情聴取
 2月 4日 石川議員ら3人起訴、04、05年分で小沢氏は不起訴処分に
   12日 小沢氏の不起訴処分を不当として市民団体が東京第五検察審査会に審査を申し立て
   23日 特捜部が07年分で小沢氏を不起訴。その後、同年分に対しては東京第一検察審査会に審査の申し立てが出される
 4月27日 東京第五検察審査会が「起訴相当」と議決
 5月15日 特捜部が小沢氏から3回目の事情聴取
   21日 特捜部が04、05年分で改めて小沢氏を不起訴
 7月 8日 東京第一検察審査会が07年分について「不起訴不当」と議決
 9月14日 民主党代表選で小沢氏敗れる。同日、東京第五検察審査会が小沢氏に対して2度目の「起訴相当」議決(公表は10月4日)
   18日 特捜部が小沢氏から4回目の事情聴取
   30日 特捜部が07年分について改めて小沢氏を不起訴。07年分の捜査は終結
10月 4日 東京第五検察審査会が小沢氏の「起訴議決」を公表

【2011年】 
 9月26日 陸山会をめぐる土地取引事件で、東京地裁が石川議員ら元秘書3人に有罪判決(控訴中)
10月 6日 小沢氏の初公判
   14日 石川議員の「隠し録音」再生
12月15日 石川議員の取り調べにあたった元東京地検特捜部の田代政弘検事が証人として出廷
12月16日 証拠改ざん事件で実刑判決を受けた前田恒彦・元大阪地検特捜部主任検事が証人として出廷

【2012年】(予定) 
 1月10、11日 小沢氏の被告人質問
 3月 9日 指定弁護士の論告・求刑
 3月19日 弁護側の最終弁論
 4月中   判決


週刊朝日