青森県六ケ所村にある財団法人環境科学技術研究所は1995年から、マウスに放射線を照射する実験を通じて、人への影響を調査・研究している。

 福島第一原発の事故で放出された放射性物質と同じセシウム137によるガンマ線を、400日にわたって1日0・05ミリグレイ(0・05ミリシーベルト)の強さで照射した結果では、マウスの寿命やがんの発生率に変化はなかったという。

 同研究所生物影響研究部の田中公夫部長はこう話す。

「1日1ミリグレイ(1ミリシーベルト)に照射量を上げると、メスのマウスでわずかに寿命が短くなりましたが、がんの発生率に大きな変化はみられなかった。このようなことを考えると、長期的に健康の検査をすることは大切ですが、ただちに影響を心配することはないでしょう」

 同様に、ペットを介した飼い主への被曝も心配する必要はないが、気になる場合は口移しで物を与えるなどやたらに接触することは避け、ペットを触った後は手を洗い、排泄物は手早く始末するなど、「感染症の予防と似た感覚で気をつけるといい」(伊藤さん)という。

◆災後100日、被災地のペットはいま◆

 福島市の中心部から車で20分ほどの緑深い工業地域にその建物はある。

 鉄筋むき出しの倉庫の前に車を止めると、それまで静かだった倉庫の中から「ひゃん、ひゃん」「バウー、バウッ」という切なげな鳴き声が聞こえてきた。

「いつもは静かにしているんですけどね。どうしても、人が来たことがわかると鳴くんですよ」

 福島県保健福祉部食品生活衛生課の大竹俊秀副課長が目を伏せた。

 ここは福島第一原発から半径20キロ圏内の警戒区域で保護された犬約140頭、約50匹が住むシェルター(保護施設)だ。

 県が民間企業から倉庫を借りて運用しているが、シェルターであることが知られると、ペットの捨て場所にされる恐れもあるため、場所は一切公表していない。

 倉庫のドアを開けると、ツンとすえた獣特有のにおいとともに、100頭近い犬が目に飛び込んできた。

 およそ250平方メートルの室内には、ゴールデンレトリバーにビーグル、マルチーズ、雑種など、大きさも犬種もさまざまな犬が1匹ずつケージに入って並んでいる。

 ケージの上には、保護した日時と場所、「やせすぎ、耳に疥癬(かいせん)」といった症状や投薬状況を記したカルテが置かれていた。なかには、凶暴なのか「扱い注意」の「注」とデカデカと書かれている犬もいる。 

 大竹さんは言う。

「保護すると、すぐに放射能に汚染されていないかをチェックし、獣医師に診察してもらうのですが、保護直後はストレスもあったのでしょう、多くが下痢や栄養失調など、何らかのトラブルを抱えていました」

 だが、診察を行ったある獣医師はこう証言する。

「警戒区域の住民のなかには、犬の飼い方が昭和30年代から変わっていない人も多い。ワクチンもフィラリアの予防接種も打っていない。今どき、ドッグフードじゃなく、汁かけご飯を食べさせていたりもする。栄養失調も病気も、震災によるものかどうかはわからないですよ」

 いずれにせよ、シェルターに保護され、治療を受けられた幸運なペットはまだごくわずかだ。

 県と環境省は、4月下旬から警戒区域内のペットの保護を行ってきた。

 住民の一時帰宅が始まった5月10日からは「動物班」が2トントラックなどを使って、犬や猫を保護回収する規模を拡大してきたが、6月22日までに保護できたのは犬186頭、猫76匹だ。

 震災が発生した当時、警戒区域内で市町村に登録されていたペットは犬だけで約5800頭。保護できたのは30分の1にとどまる。

 環境省自然環境局総務課動物愛護管理室の西山理行室長は言う。

「今も1日10匹くらいは保護しています。ただし猫はつかまりにくい。防護服を見て怖がってしまうんです」

 環境省は震災直後から、職員を交代で現地入りさせるなどして対応にあたっていたが、「救出が遅い」「動物を見殺しにした」などの中傷がインターネットで出回った。

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