「とにかく、よくこの顔ぶれを! ラインアップだけ挙げて、『やっぱりムリだよ』と、机上の企画で終わってしまいそうなのに」

 執筆者の顔ぶれだけで、某漫画関係者は驚いていた。

 まず、本誌連載陣でもある東海林さだお(1957年)、弘兼憲史(66年)から、国友やすゆき(71年)、やくみつる(77年)といった大御所たち。

 「あたしンち」のけらえいこ(82年)、「弁護士のくず」の井浦秀夫(75年)、「深夜食堂」の安倍夜郎(81年)、「おごってジャンケン隊」の現代洋子(83年)、カトリーヌあやこ(79年)、さそうあきら(80年)といった人気漫画家たちもいる。

 漫画家を離れても、「ドラゴンクエスト」シリーズのゲームデザイナーとして知られる堀井雄二(72年)に「桃太郎電鉄」シリーズの土居孝幸(75年)。コラムニストの山崎浩一(72年)や堀井憲一郎(79年)も名を連ねる(以上、敬称略)。

 ある種のドリーム感すら漂う執筆陣の『早稲田OB漫』は、早稲田大学漫画研究会創立55周年を記念して1千部限定で自費出版されたムック本だ。つまり、この本に登場するアマチュア含めて80余人、すべて早大漫研の出身者なのである。それぞれの名前の後にあるのは入学年度。おおまかな世代の把握や先輩後輩関係がわかるかと。とにかく、早稲田は、漫画の名門でもあるんです。

 弘兼憲史さんとやくみつるさんに、漫研時代を振り返ってもらった。

 「漫研は毎年、早稲田祭で似顔絵描きの出店をやるんですが、そこに向けて、とにかく多くの似顔絵を描かされた。その経験が、多くのキャラクターを描き分けるのに役立ってるんじゃないかな」(弘兼さん)

 「実業之日本社の『漫画サンデー』の原稿を頂戴するというアルバイトをやるのが代々引き継がれていたんです。そのときに、原稿が遅れることで出版社や印刷所の人にしわ寄せがくるのを目の当たりにしたことで、締め切り厳守の大切さを知りました」(やくさん)

 大御所にも歴史あり。学生らしい"若気の至り"エピソードもある。弘兼さんが言う。

 「夏の合宿で白馬岳に行ったんですが、そのとき無謀にも旅館のつっかけで雪渓に向かった。足の指の股がボロボロになりましたね」

 弘兼さんとは10年以上入学年度が離れているのに、やくさん世代にも同じような事件が。苗場での夏合宿で、やくさんや土居さん、さそうさん、堀井憲一郎さんらが、サンダル履きの軽装で三国峠に登り、道に迷って遭難しかけたのである。

 「30年たってもいまだに強烈な印象がありますね」(やくさん)

『早稲田OB漫』には、そんな思い出話があれば、人気バラエティー「お試しかっ!」の「帰れま10」に、やくさんがゲスト出演したときの密着漫画など2010年を描くものもある。

◆つぶやいてから10分で刊行決定◆

 本ができるきっかけは、ふとしたことからだった。

 執筆者の一人で、ムックの編集発行人、イラストレーターのアサミカヨコさん(75年)が、早大漫研の会誌「早稲田漫」を念頭に、〈OB版の「早稲田漫」があったらいいのにな〉と、ツイッターでつぶやいた。すると、漫研OB仲間から次々に反応があり、あっという間に「じゃあ作るか」という流れになった。"アサミ編集長"は言う。

 「それこそ10分くらいの間に、あれよあれよと決まっちゃって」

 アサミさんいわく、「パソコンの中に、漫研の部室があった」と。

 しかし、実際に動くとなると、55年の歴史は膨大だ。声をかけていくだけでも大変な手間になるし、連絡先や消息を調べるのも大変だった。

 やくさんがたたえる。

 「残念ながら世代を超えたOB間の交流の機会に、なかなか恵まれなかったんです。ですから、よくぞこの難事業を実現してくれた、と言いたいですね」

 ツイッターやミクシィを使った2010年ならではのやり取りもあれば、人づてにたどっていくといったアナログなやり取りもある。アサミさんは言う。

 「草創期に在籍していた大御所の先輩方にお願いするのが、面識もないからとにかく緊張して。だけど、ちょうどその世代が部史を編纂しようと考えていたみたいで」

 本書の中の読み物ページ「早稲田大学漫画研究会 草創史」や東海林さんも参加した「草創期OB座談会」などに、その名残がある。編集の苦労は、アサミさんが本誌のために書き下ろした漫画もご参照。

 驚きなのが、多くの作家がこの自費出版の一冊のために書き下ろし原稿を描いていること(一部再録もあり)。ちなみに原稿料はナシ。逆に「参加費」を払っているのだ。前出の関係者は再び驚いた。

 「本気のクオリティーのもの、多すぎですよ。"漫研愛"、感じますよね」

 たとえばやくさんは、敬愛する谷岡ヤスジさんへのオマージュとして、いつものタッチとは違う谷岡ヤスジ風の作品を描いた。現在漫画を生業にしていない面々の描いた漫画が見られるのも貴重。ドラクエの作者、堀井雄二さんが描く漫画も初めて見た。

 とにかく、参加した面々がいちばん楽しんでいそうな様子が伝わってくる。最後に弘兼さんから一言。

 「漫研の後輩に見てもらって"やる気"を出してもらえると......まあ、どうでもいいか、そんなこと(笑)」

 佑ちゃん世代の漫研メンバーも、濃いOBに負けない活躍を!  (太田サトル)

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 『早稲田OB漫』ホームページ http://wasedaman.com/


週刊朝日