重大欠陥、拡大する死者...日本のアスベストの真実 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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重大欠陥、拡大する死者...日本のアスベストの真実

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 アスベスト(石綿)は2005年6月、機械メーカー「クボタ」が従業員の健康被害を公表し、社会問題化した。

 そしていま、「アスベスト2040年問題」という事態が存在する。

 早稲田大学の村山武彦教授と、「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」代表の名取雄司医師らが05年に発表した研究によると、00~39年の間に10万1400人が中皮腫で死亡すると予測されているのだ。

 しかし、この予測はアスベストとの相関関係がある「男性の胸膜中皮腫」に限定した数字にすぎない。

 同研究リポートでもこう警告している。

《胸膜中皮腫以上に多いと言われるアスベストによる肺がん、腹膜中皮腫、女性がそれらの病気になるケースまで含めれば、死亡者は数十万人まで膨れあがる可能性がある》

 だが、衝撃的な事実はこれだけではなかった。

 国際的なアスベスト専門機構が、「日本の建築材料におけるアスベスト含有の標準検出法は不適当だ」と判断したのだ。

 国際標準化機構(ISO)に属する14カ国のアスベスト専門家が今年9月、建築材料における石綿含有の国際的な標準検出法を作るため、ハワイに集まった。

 標準検出法はまだ確定されていないが、ISOの専門家は私たちの取材に対し、こう指摘したのだ。

《今度の標準規格には日本で現在、使用されている定性的検出法が含まれない》

 つまり、これまで行われてきた日本の検出法では、「建材中のアスベスト繊維を誤認する危険性がある」と指摘されたのだ。

 ISOが「推奨する」と決定している分析手法は偏光顕微鏡(PLM)を用いる。

 試料に偏光を照射するPLMは鉱物学、結晶学の研究で多く用いられ、有効性が高く、低コストで知られ、アメリカ、ヨーロッパでは主たる分析手法だ。

 しかし、日本のJIS(日本工業規格)は分析手法として、PLMではなく、微粉末に粉砕されたサンプルを分析するX線回折と位相差・分散顕微鏡(XRD・DS-PCM)を採用している。

 労働者の安全と健康を守ることを使命にしているNPO「東京労働安全衛生センター」の外山尚紀・作業環境測定士が問題点をこう指摘する。

「日本のJIS法は、アスベストの定義がISOなど世界基準と根本的に異なっているので、他の粒子をアスベストと誤認する危険性がある。いま、現場で行われているアスベスト検出法では不十分だと思う」

 JIS法ではアスベストの繊維を十分に観察できないほか、石綿含有率が5%以下の場合、また、他の材料と混在している場合、アスベストの有無が特定できない欠陥があるという。

 米国、ヨーロッパなどでは、アスベストの有無が確認された後にのみ、石綿繊維を定量するための補足法としてX線回折を利用しているという。

 実は08年に日本の経済産業省の調査委員会が工業標準を改正し、PLMを不採用にした経緯がある。

 その時、米国政府は日本の経産省にPLMを再導入し、主要な分析方法として利用するよう公式にこう勧告した。

〈日本の手法ではアスベスト繊維を完全に同定することは不可能で定量化を誤る可能性があり、国民の健康リスクに深刻な影響を与えかねない〉

 同年、ISOが日本の分析方法の検証を行った。

 同検証に参加した日本の代表団は、正確な検証ができるかを調べるため、アスベストを含有したいくつかの標本を分析するよう要請されたが、結果は散々だった。日本の分析方法ではアスベストを含有した15個の標本のうちの6個、すなわち4割の確率で検出に失敗したのだ。

 アメリカの科学者の多くは既存の日本の分析方法を信用できないという。カリフォルニア州にあるフォレンジック・アナリティカル・ラボラトリーズのグスターボ・デルガードCEOはISO会議の委員でもあるが、こう指摘する。

「PLMと比較すると、(日本の分析方法は)速さ、有効性、精度、再現性とコストの面で劣る」

 だが、日本のJIS調査委員を務める研究者らはこう反論する。

「(日本の分析方法である)XRD・DS-PCMのほうが精度が高く、今の検査で十分だ」

 現在、この検出方法は日本のほとんどの分析機関で採用されている。

 作業環境測定機関と作業環境測定士の技術力の維持向上に取り組んでいる厚生労働省系の社団法人「日本作業環境測定協会」(JAWE)の米山玲児氏は言う。

「諸外国の基準に合わせなければならないとなれば、新たな設備を導入しなければならない。大きな経済的負担を強いられるだろう」

 そして前出の「東京労働安全衛生センター」の外山測定士はこう指摘する。

「検出手法そのものが間違っていたのだから、国が09年、大規模にやった実態調査の意味がなくなる可能性がある」

 09年に厚労省が行った実態調査によると、9万6641件の福祉施設等のうち、吹き付けのアスベストが使用されていたのは、わずか5・5%という結果が出た。だが、まだそのうちの4698件は検証が終了していない上、この結果は既存の検出法により、はじき出された数字なので、最近、疑問視されている。

 また、同年、国土交通省のアスベスト対策部会で発表された実態調査では調査漏れが生じている可能性がある、と指摘されたのだ。

《国交省の調査は27万4260の民間建築物から抽出された標本のうちの4分の1しか分析していない。その上、素人同然の職員によって実施されたので、建物の石綿含有建材の調査はきわめて不十分である》(同部会資料より抜粋)

 そもそも日本には石綿含有建築物の検査の公的な資格制度が存在しない。

 前出の名取医師はこう話す。

「建物調査、分析、管理、除去、監視をトータルに改善すれば、アスベスト関連の健康被害を減らすことはできる。日本の対応は遅れており、諸外国から学ぶ必要がある」

 この問題の根が深いのは、原因が突き止められるアスベストを扱う労働者だけでなく、一般の市民も知らないうちに病魔に侵されていることだ。

 山口県内の耳鼻科で看護師として30年以上働いた河村三枝さん(50)は今、アスベストへの曝露が原因の中皮腫に苦しんでいる。

 だが、彼女がいつ、どこで、アスベスト繊維を吸入したか、今もわからない。

 河村さんはこう言う。

「普通の生活をしていてもアスベストの危険は身近にあることを知ってほしい。国が正しい対応をし、アスベストが生活の場からなくなっていれば、私は今のような死を恐れる日々を送らなくて済んだのではないか......。そう思うと怒りがこみあげてきます」

 河村さんのような訴えが増えることが予想されるが、国はどう対処していくのか。 (翻訳協力・金田悠太郎、水野里美、阿部花純)


Scilla ALECCI 1982年、イタリア・ローマ生まれ。2007年にローマ大学大学院東洋学研究科修了後、現在、早稲田大学大学院に留学中。これまでイタリアの公共放送「RAI」、ロイターテレビ、ナショナルジオグラフィックなどで取材活動に取り組むThe International Consortium of Investigative Journalists(国際調査ジャーナリスト連合)は世界50カ国で、国境を超える調査報道で協力する100人以上の記者のネットワーク。本部はワシントンにあり、公益のためのジャーナリズムを目標とした調査報道専門の独立非営利組織「センター・フォー・パブリック・インテグリティー(CPI)」の国際部である

【編集部より】ICIJのウェブサイトにも記事が乗っています。
http://www.publicintegrity.org/articles/entry/2756/


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