人間関係の面では、上司の中には高卒の人もいるなどバックグラウンドが本当に多様で、言葉遣いやコミュニケーションの仕方が違いました。例えば、東大生なら論理的に説明するようなところも会社では一言で簡潔に言われ、自分ができていなかったら怒鳴られる、という感じです。ただそれは単に文化の違いのようなもので悪いというわけではなく、自分が結果を出すためにはいろいろな人と協調しなければならないんだなと感じました。当時自分は下っ端だったので親方などから一方的に怒られることも多かったのですが、それでもちゃんと話せば最終的には仲良くなれたので、コミュニケーションは大事ですね。

 また、大工の仕事から直接的に得たものではないのですが、移動のため朝6~7時に会社を出て戻ってくるのが19~20時という感じで拘束時間が長く、自分の時間があまり取れなくなったことが大きな影響を与えましたね。学生時代は時間に余裕があったのですが、就職して急にそのような生活になったことで、学生時代にもっといろんなことを知りたかったなと後悔すると同時に、今からでもいろいろ学びたいと思うようになりました。それだけ自分の自由に使える時間が限られるとできることは一つか二つくらいなのですが、その中でまずやり始めたのが、平日の空き時間に電子書籍で、休日は図書館で本を借りて読むことでした。自由な時間が減ったからこそ知識欲が具現化したというか「これちゃんとやっておけばおかったな」「これからでももうちょっとこっちに時間を回せたらいいのにな」という思いが強くなりましたね。働くというのは社会との接点を持ったりお金を稼いだりする意味でも大事です。しかし僕にとっては「もっといろんなことを知りたい」という思いの方が優先度が高く、若いうちはお金は頑張れば工面できるから勉強を軸にしたいと思うようになりました。

後編に続く。後編では、結婚、子どもの誕生を経て、東大理三を再受験することを決めた経緯や現在の生活について語ってもらいました。

(文/東京大学新聞社・杉田英輝)