闇に咲くサボテン科の白い花、「月下美人」を見たことがありますか? 原産地の中南米では、妖しくも艶やかに咲くこの花の蜜を求めて、なんとコウモリが集まるとか…。また、かの文豪・川端康成も昭和38年8月11日の新聞紙上で「月下美人」という小品を発表しています。夜にふわりと花開く妖艶さ、朝にはしおれている儚さ、直径15~20cm前後もの大輪咲きの華やかさを併せ持つ不思議なこの花の魅力を、川端が綴った花の描写、美の表現とともに紹介しましょう。

《夢の国の花……、白い幻の花のやうですわ》《二時か三時にはもうしぼむ。一夜の花である》

中秋の名月からスーパームーンと、今週は素晴らしいお月見に胸ときめいた週明けとなりました。冴え冴えと美しい月の光に包まれ、幻想的なひとときを過ごした方も多いのではないでしょうか。
そんな月の輝きにも負けないほど、美しく神秘的に咲く夜の花があります。その名も「月下美人」は、夕方18時頃から蕾を開き始め、朝にはしぼんでしまう一夜花。
花の咲く時期は、日本では主に7~11月(俳句の季語では夏になります)。川端康成が書いた短編小説「月下美人」は、葉山にある木造の古風な洋館・小宮邸を舞台とした、ある夏の夜のショートストーリー。応接間に置かれた月下美人の花を愛でに、小宮の別れた妻の友人たちが集い、花の周囲で交錯する微妙な人間関係や心の動きが描かれています。
《~植木鉢は夫人の膝より低かったが、月下美人は、やや見上げるほどに伸びてゐた。「夢の国の花……、白い幻の花のやうですわ。」と、夫人は去年の夏と同じことを言った。》
※記事中の《》内はすべて川端康成著「月下美人」(1963年8月筆)より引用
登場人物の女性が見上げるほど高くなった月下美人の株。そこに咲く、純白の薄い花びらを重ねた上品な花の姿を、登場人物に《白い幻の花》と語らせ、まずは読み手に花のイメージを伝えてくれています。
《車の音がして、今里夫人が着いた。九時半過ぎだった。月下美人は夜にはいって開きはじめ、二時か三時にはもうしぼむ。一夜の花である。》
……このように、非常に儚い運命をもつ月下美人。午後9時頃に満開になりますが、およそ3時間後にはしぼんでしまうのです。美しい佳人はとかく薄幸だったり短命だったりするというたとえ……「美人薄命」という言葉を思い起こさせる花ですね。

一度に一株から何輪も咲くことも
一度に一株から何輪も咲くことも

《長めの葉のさきから太い花ぐきを》《めしべは長い》《ゆりの匂ひよりあまく、ゆりのやうな悪い強さではない》

そもそも、なぜ月下美人は夜咲くのでしょうか。
その理由は……この花がもともと自生していた原産地(メキシコ~ブラジルにかけての)中南米の熱帯林における「送粉者」を考えないと説明がつきません。
「送粉者」とは、蝶や蜂や鳥など、植物の花粉を媒介する生物のこと。月下美人が自生する高温多湿のほの暗いジャングル内では、なんとその役割を担うのはコウモリ! 夜に飛び交う彼らに授粉を依存している植物がかなりあるということなのです。
さて、川端康成による作品中の花の描写に戻ってみましょう。
《長めの葉のさきから太い花ぐきを出して咲いた、まっ白な大輪の花は…》
《サボテン種なので、葉から葉が出てゐる。めしべは長い》
《あまい花の匂ひがすみ子をつつんだ。ゆりの匂ひよりあまく、ゆりのやうな悪い強さではない。》
これらはすべて、結実し子孫を残す授粉のためにコウモリを誘う、花の戦略といえそうです。
まず、コウモリが活動する夜に咲くこと。
花が咲き始めたことがわかるほどの強い匂いをあたりに漂わせ誘導すること。
コウモリがつかまっても大丈夫なくらい太い花くきを伸ばし、障害物のない場所に上を向いて花を咲かせること。
さらに、いかにも「いらっしゃい」と誘いかけるような、どこか妖しい形状の長いめしべや、絹糸を思わせる繊細なおしべまで、すべてが確実な授粉をねらう花の手練手管を思わせます。
日本で咲く月下美人のほとんどは、元々現地から持ち帰られた株から葉ざしなどで増殖されたクローンですが、近年改良が進み、果実が大きく育つ品種も誕生。人工授粉によって形成される実をはじめ蕾もおいしく食べられるそうです。果実はドラゴンフルーツに似た姿で甘く、蕾は湯通した後に、例えばポン酢をかけてヌルヌルつるつるとした食感を味わいます。
※注:写真のコウモリは、中東からアフリカなどに生息するルーセットオオコウモリ。果物や花粉などを好むそうです。

草食系のキュートなコウモリもいるのですね
草食系のキュートなコウモリもいるのですね

《そよ風にゆれるやうに開く、蓮の開くやうに咲く、》《夢幻に浮かぶ花のやうだ》

《小宮はゆりに似た大きいつぼみを、これは明日の夜開く、また、葉についた、小さいあづきのやうなのをいくつか指して、これは葉になる、これはつぼみと教へた。》
厚みのあるコンブのような波状の葉(実は「茎節(けいせつ」と呼ばれる幹)のふちに、ある日ぽつんとできる芽がにょきにょきと伸び、その先に立派な蕾をつける月下美人。
垂れ下がっている蕾は、自然に上を向いてふくらみ、開花直前になるとさらに正面を向くので、「今晩咲く」ということがだいたいわかるそうです。作中の小宮もそれを見越し、「今夜」と電話をかけ客を招いています。
さて、先週のことですが、まさしく今晩咲くであろうと思われる月下美人の花を、実際にお招きを受けて筆者も見にいってきました。そのお宅は庭にガラス張りの温室があり、栽培して10年目ほどになるという立派な株に、毎年7月8月ごろ花を咲かせるのですが、今年は暑すぎたためか9月に開花期を迎えたとのこと。栽培は難しいのでは?という問いに、「わりに簡単ですよ。けっこうほったらかしだな」とのことでした。
夕食後の20時半ごろ庭へ出ると、ほのぐらい庭を照らすかのような白い花が、素晴らしい芳香を放ちながらすでに開花していました。
咲くところは生憎見ることはかないませんでしたが、きっと
《そよ風にゆれるやうに開く、蓮の開くやうに咲く、》
と作中で描写されているように、天女がまとう薄絹の衣のような、繊細な花びらを開かせたのでしょう。
《夢幻に浮かぶ花のやうだ》と川端康成が綴った月下美人の花。
その花言葉は、艶やかな人、儚い美、儚い恋、繊細と、花そのものの印象を表しているようです。
また、しおれた後の花も、酢の物やスープにして賞味できるとのこと。一夜だけの儚い花の命をいただくことも、究極的な花の鑑賞法かもしれませんね。

コンブを思わせる葉から直接太くたくましいくきが出て蕾が…
コンブを思わせる葉から直接太くたくましいくきが出て蕾が…

※出典&参考
月下美人はなぜ夜咲くのか(井上健著/岩波 科学ライブラリー)
月下美人(川端康成著)

星のような形のめしべ、甘い香りも神秘的
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