『AUGUST』ERIC CLAPTON
『AUGUST』ERIC CLAPTON

 苦労して仕上げたアルバムにいわゆるダメだしをされるという、人生初の屈辱を味わい、外部からの意見を受け入れる形で仕上げた『ビハインド・ザ・サン』。いろいろな裏の事情はともかくとして、しかしそこでクラプトンは、ほぼ全編にわたってパワフルなギターとヴォーカルを聞かせていた。アルコール依存をほぼ克服できたことが大きく左右していたに違いない。修正作業を通じて、ジェリー・リン・ウィリアムスやネイザン・イーストなど、新しい音楽仲間とも出会った。

 それなりに大きな手応えを得たと思われるクラプトンは、その勢いのまま、ドナルド・ダック・ダン、クリス・ステイントン、ジェイミー・オルデイカーらとともに(つまり、新旧メンバーの合体)、年末までつづく長期のツアーを行っている。この間、夏には世界規模のベネフィット・コンサート、ライヴ・エイドに参加し、秋には約4年ぶりとなる日本公演を実現させた。

 翌86年の春、ふたたびフィル・コリンズをプロデューサーに迎え、トム・ダウドの協力も得て仕上げたアルバムのタイトルは『オーガスト』(発表は同年11月)。じつは、この時期にはもうパティとの関係は完全に破綻していて、録音終了後の8月には、イタリア人女性のあいだに男の子が生まれている。はじめてほぼ素面の状態で録音した作品だというこのアルバムのタイトルは、その喜びを、素直に、ストレートに表したものであったらしい。

 ここでクラプトンを支えたのは、フィル、ネイザン、グレッグ・フィリンゲインズ。スティーヴィー・ワンダーやクインシー・ジョーンズのもとで腕を磨いたグレッグは、マイケル・ジャクソンと録音したことがあるYMOの《ビハインド・ザ・マスク》を薦めたりもしている。彼が弾くキーボード類やネイザンのベースを生かしたサウンドとグルーヴは、個人的にはまったく馴染めないものだった。ティナ・ターナーと歌った《ティアリング・アス・アパート》も然り。

 1980年代の呪縛からまだ完全には解き放たれていなかったのだろう。だがもちろん、それだけで終わっていたわけではなく、あらためてザ・バンドとの深い関係が影を落とした作品だということを指摘しておこう。

 オープニングを飾る《イッツ・イン・ザ・ウェイ・ザット・ユー・ユーズ・イット》はロビー・ロバートソンとの共作。ザ・バンド解散後、スコセッシとの関係もあり、ロバートソンは映画の世界とかかわることが多くなっていた。その流れで実現したものだと思われるこの曲は、ポール・ニューマン/トム・クルーズ主演『ハスラー2』の挿入歌としても使われている。ロビーと曲を書くことは、クラプトンにとってきわめて意義深い仕事であったに違いない。

 深く心にしみ入るような《ホリー・マザー》は、86年3月に自殺したリチャード・マニュエルに捧げられた曲。ザ・バンドのメイン・ヴォーカリスト、キーボーディストとして活躍した彼をクラプトンは高く評価していた。『ノー・リーズン・トゥ・クライ』では彼とリック・ダンコが共作した《ビューティフル・シング》をオープニングに据えている。リチャードとエリックの共通項としてはレイ・チャールズへの敬意があり、シャングリラ・スタジオでのセッションでは、おそらく、浴びるほど酒を酌み交わしていたに違いない。[次回3/4(水)更新予定]

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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