ハーマン・フォスター『レディ・アンド・ウィリング』
ハーマン・フォスター『レディ・アンド・ウィリング』

●ルー・ドナルドソンが紹介した才能

 この初春、ルー・ドナルドソンが来日しました。当年とって85歳ですが、すこぶる元気です。当然ながらプレイに1950年代のころと同じ颯爽としたものを求めるのは無理ですが、ライヴをみたお客さんは皆、それなりに満足したのではないかと思います。そのくらい楽しく、スケールの大きい演奏を聴かせてくれたからです。

 1990年、私がドナルドソンを2度目に見たときの話はかつて書かせていただきましたが、そのときのピアニストが、今回ご紹介するハーマン・フォスターです。

●ピアノの“黒み”を最大限に引き出す

 そのときは確か、ドナルドソンの肩を借りてバンドスタンドに登場したはずです。足元には水の入ったグラスも置かれていたと思います(ペットボトルはまだ普及していませんでした)。ドナルドソンがテーマ・メロディを吹いたり、アドリブを繰り広げている間は、実に端正な伴奏をつけています。しかし自身のソロ・パートでは一編、“ウギャギャギャギャー”という声をあげながら体を左右に揺らし、指を鍵盤上になすりつけるように演奏します。その音のデカイこと、フレーズのかっこいいこと。私はドナルドソンの名盤『ブルース・ウォーク』におけるフォスターのプレイを聴いて以来、かねがね「あの音はどうやって出しているのだろう」と疑問に思っていたものですが、ああいうユニークな体勢、独特の指使いによって、ワン&オンリーのサウンドが生まれていたわけですね。

 それから何年後だったかでしょうか、私はパルテノン多摩で再びフォスター入りのルー・ドナルドソン・カルテットを見ました。彼はそのときも快調そのもののプレイを聴かせてくれました。ピアノはもともとクラシックの楽器です。ショパンやリストの愛した楽器です。それがこんなにブルージーでファンキーで、土臭い響きを出すのでから、私にはフォスターが魔術師のように見えました。彼はドナルドソンと組む一方で、R&B系サックス奏者のキング・カーティスや、ヴォーカリストのグロリア・リン等とも共演しています。ようするにブラック・ミュージックのエキスパートなのですね。

●リーダー・アルバムは少ないけれど

「ハーマンは教会でピアノを弾いていたんだ。それがあまりにも素晴らしかったものだから、一緒にジャズをプレイしないかと声をかけた。やってみたら大成功。それから彼は私にとってかけがえのないパートナーになった」

 ドナルドソンはインタビューで、こう語ってくれました。フォスターは残念ながら1999年に亡くなってしまいましたが、以降、ドナルドソンはまったくといっていいほどピアニストと共演していません。

 フォスターのリーダー・アルバムは、私の知る限り5枚にも達していません。どれも“ウギャギャギャギャー”と声をあげるプレイとは一線を画す、ややおとなしめのサウンドですが、選曲の楽しさ、アドリブ・フレーズやアレンジのユーモア、そしてピアノ・タッチの“黒い艶”は、どの作品にも共通しています。