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「美空ひばり」に関する記事一覧

〈昭和の名曲伝説のスター13選きょう放送〉没後30年“昭和の歌姫”美空ひばり 記者をゾワっとさせた名言とは?
〈昭和の名曲伝説のスター13選きょう放送〉没後30年“昭和の歌姫”美空ひばり 記者をゾワっとさせた名言とは? 26日放送の「昭和の名曲 伝説のスター13選〜今夜決定!時代を超えて愛されるNo.1ソング〜」(テレビ朝日系・午後7時)は大人気のスペシャル番組。伝説のスター13組のヒット曲を一般投票によってランキング化し、アーティストごとに発表。中森明菜、西城秀樹、中島みゆき、安全地帯、高橋真梨子など数多くのヒット曲を誇る彼らのNo.1ソングは? さらに美空ひばりの「マイウェイ」、テレサ・テンの「襟裳岬」、八代亜紀の「喝采」などお宝カバー映像も公開。そんな昭和のスターのひとり美空ひばりまつわる過去の人気記事を振り返る(この記事は「AERA dot.」に2019年6月29日に掲載されたものの再配信です。本文中の年齢、肩書等は当時のもの)。
美空ひばりという孤高の女王の強さとは 天才少女歌手から“昭和の歌姫”へ
美空ひばりという孤高の女王の強さとは 天才少女歌手から“昭和の歌姫”へ “昭和の歌姫”美空ひばりは昭和20(1945)年、8歳のときに横浜の杉田劇場で初舞台を踏んだ。芸能界に本格デビューしたのは昭和23年で、芸名の“美空ひばり”を名乗ったのがこの前年だった。児童福祉法公布のタイミングともあいまって非難の目も向けられたが、歌謡曲だけでなくジャズも歌いこなし、映画や舞台でも大活躍。とんとん拍子にスターダムを駆け上がり、昭和という時代の終幕とともにこの世に別れを告げた。不世出の歌姫は、孤高の女王たる強さをあわせもっていた。『あの時代へ ホップ、ステップ、ジャンプ! 戦後昭和クロニクル』(朝日新聞出版)から抜粋して紹介する。
レコ大の衰退は1989年から始まった 「明菜とマッチ」と「ひばりとWink」をめぐる大混乱を振り返る
レコ大の衰退は1989年から始まった 「明菜とマッチ」と「ひばりとWink」をめぐる大混乱を振り返る かつては今くらいの時期になると、レコード大賞をめぐる話題があちこちで出始めた。本命は誰で対抗、大穴は誰か。アイドル好きにとっては、新人賞の行方も重要だ。世間もメディアもその予想で盛り上がり、1970年代から80年代にかけては、それが当たり前だった。

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