「たとえば歌手なら、20代で歌ってヒットした曲を俺の年になっても歌わないとお客さんに満足してもらえなかったり。役者の場合は、その年齢その年齢で俺も変わるし、役柄も変わる。『ああよかった役者で』って。『昔はあの人、恰好よかったのにねえ、今はいいおじいちゃんになって』なんて言われるの、嬉しいじゃないですか」

 「二枚目の看板に未練は?」と意地の悪い質問には、「ないない。あっちいけ~ってなもんです」と。

 俳優歴55年。昨今の活躍をみれば、近藤正臣を「いいおじいちゃんになって」などと言う人はいない。たとえばNHK連続テレビ小説「あさが来た」では、ヒロインあさを見守る義父・白岡正吉がどれほどチャーミングだったか。大阪弁の台詞まわし、和装の着こなしや所作振る舞いなど、近藤との共演で若い俳優たちが得たものは大きい。演じるための心得を訊ねると、「台詞を正確に覚えないこと」と意外な言葉が返ってきた。「目から頭で記憶するのではなく、全身に巡らせ、それがふわっと降りてくる」のが好ましいという。

●現在、NHK大河「真田丸」に、徳川家康の重臣・本多正信役で出演。

 「三谷(幸喜)さんは脚本に台詞以外のところも細かく書いている。普通の台本なら『…』となるようなところも『…(小さく笑う)』とか、指示を書いていて。現場の演出などで変わることもあるので、あまりト書きは信用しないんだけど、三谷さんの本はそれを無視できないような書き方をされていて、ちょっとムカつくんだ(笑)」

 「龍馬伝」で山内容堂に花札をやらせたのも自身のアイデアだったという。歴史上の人物を演じる際は資料を読み込み、自分なりの人物像を創る。脚本に書かれたことを演じるだけでなく、自分の意見を伝え、役を一緒に作っていく。それが近藤の流儀だ。

 これから演じてみたいのは?と訊いたところ、熟考し「松尾芭蕉」の名を挙げた。生涯を旅で過ごし、多くの俳句を遺した芭蕉。一方で隠密説などもあり、謎も多い。74歳の近藤はどんな芭蕉を見せてくれるのか。想像しただけでもわくわくする。(取材・文/桧山珠美 写真/山﨑祥和)