昨年の2月、画家の筒井伸輔が亡くなった。享年51。食道癌だった。父は作家の筒井康隆。朝日新聞の連載小説『聖痕』の、伸輔による挿絵を覚えている人は多いだろう。

 康隆の短編「川のほとり」は、亡くなった息子が夢の中にあらわれるという私小説である。三途の川のほとりで、父と息子が語り合う。父はそれが夢であることがわかっているし、死後の世界も三途の川も存在しないと思っている。だが、夢の中で対話を続ける。この短編は「新潮」2月号に発表されるや、ずいぶんと話題になった。子供のいないぼくも、涙がこぼれそうになった。

『ジャックポット』は「川のほとり」を含む14の作品からなる短編集。3分の1ほどは伸輔を喪った後のものと思われる。

 作風はさまざまだ。「一九五五年二十歳」は同志社大学入学に始まる青春時代の思い出。演劇三昧の日々で、映画と文学とフロイトに傾倒していた。日活の俳優募集に応募したが第一次で落とされ、のちに作家になってからも「日活には絶対に原作を渡すまい」と決めていたとか。

 巻頭の「漸然山脈」はじめ前半に並ぶ作品は、地口と引用を多用して、その間に社会への揶揄・批評・罵倒がまぎれ込む。言葉の洪水。ぼくはジョイスの『ユリシーズ』を連想した。リズムもよくて声に出して読みたい。これを外国語に翻訳するのは至難の業だろう。

 表題作のタイトルは「大当たり」の意。ロバート・A・ハインラインのSF短編にちなむが、コロナ禍にまみれた2020年のことである。新型ウィルスに翻弄される1年をシニカルにコラージュする。人類は破滅に向かっているのだろうか。

週刊朝日  2021年3月26日号