この小説に描かれた宮沢賢治はごく普通の青年で、そこがとても新鮮である。

 生き生きとした等身大の賢治像が立ち現れたのは、父である政次郎の視点から描くという構造によるところも大きい。この父がじつに偉大だ。賢治は家業の質屋が肌に合わず自分で事業を起こそうとしたり、国柱会の布教活動に熱中したりする。若さゆえの前のめりだ。父はそんな賢治を厳しくたしなめつつも援助を惜しまない。子が病気になれば病院に泊まり込んで看病までする。成功した実業家であり家族思いの父。偉大過ぎる親を持つ息子が、もがき苦しんだ末に儚く美しい詩と童話を紡ぎ出したことは、切なくも運命的だ。
 父を超えたい、という不変の命題に賢治も向き合っていたかと思うと、彼の作品にもいちだんと親しみが湧いてくる。

週刊朝日  2017年11月17日号