ティモシー・スナイダーの『ブラックアース』は衝撃的だった。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の現実を暴いたからだ。殺戮はドイツ国内で起きたと思われがちだが、犠牲者の97パーセントは当時のドイツ国外にいた。そして、殺戮に手を貸したのは一般市民だった。つまりぼくたちは、状況次第でいつでも虐殺者になりうる。

 トランプを熱狂的に支持するアメリカ人や、プーチンに声援を送るロシア人たちを見ると、暗澹たる気持ちになる。歴史は繰り返す?

『暴政』は、トランプの大統領就任に危機感を抱いたスナイダーが、緊急出版した本である。解説等を除くと120ページあまりの小さな本だが、いかにして歴史に学び、愚行の繰り返しを防ぐかがわかりやすく書かれている。

 全部で20あるレッスンの1番目は「忖度による服従はするな」。もちろん佐川宣寿国税庁長官に向けられた言葉ではない。この章で語られるのは1930年代のオーストリアの話だ。オーストリア人たちはナチス・ドイツに忖度し、積極的に服従して、自国内のユダヤ人たちを殺戮していったのである。

 以下、「組織や制度を守れ」「一党独裁国家に気をつけよ」「職業倫理を忘れるな」「自分の意志を貫け」「自分の言葉を大切にしよう」といったレッスン項目が並ぶ。

 驚いたことに、いくつかの例外を除いて、ほとんどが現代日本にあてはまる。「自分で調べよ」「『リアル』な世界で政治を実践しよう」など、ぼくたちのためかと思った。トランプやプーチンがいなくても、日本だって五十歩百歩の状況ということだ。歴史に学ばぬ者は、また誤る。

週刊朝日  2017年9月15日号