花咲く乙女たちのキンピラゴボウ

文庫・新書イチオシ

2015/09/24 13:29

 かつて橋本治は女子高生だった。その後、光源氏になったり『平家物語』という名の日本上古史になったりいろいろしたけど、1970年代には桃尻娘だった。だから誰よりも的確に少女マンガをキャッチしていた。当時、オタクという言葉はまだなくて、マンガを評論するのは異例中の異例だったが、女子高生にそんな世間の事情は関係ない。好きだから読む。語る。自分が同化して「そのもの」になってしまう。本書はそのようにして書かれた画期的な少女マンガ評論の古典だ。
 取り上げられているのは倉多江美、萩尾望都、大矢ちき、山岸凉子、江口寿史+鴨川つばめ、陸奥A子、土田よしこ、吾妻ひでお、大島弓子。
 本書は社会批評としても秀逸だ。たとえば著者は、萩尾望都の『ポーの一族』を、懐かしい時間への回帰循環の物語とし、閉塞化していく戦後社会と、葬り去られた子供たちへの鎮魂歌だとする。だが挫折しても希望は消えない。少年少女は何度でも挑戦を繰り返す。だから萩尾作品の空は青く、景色は金色に輝いている。また大島弓子作品では、性別も親子関係も役割であり、時に交換可能なものとして描いていると指摘。大島は「自分」として立つ人間を描いた。彼らはまだ存在しない世界に踏み出していくのだ、と。
 少女マンガは社会の外に世界を切り開いた。なぜなら女子どもは社会に居場所を持たなかったからだ。当時、社会は男の都合で出来ており、持て囃すにせよ色眼鏡で見るにせよ、女子高生は社会的に排除されていた。橋本治は、そんな差別を軽々と乗り越える女子どもの強かさを掬い上げる。
 ギャグマンガに多くのページが割かれているのも、差別や周辺への敏感さの表れだろう。土田よしこを論じて残酷さとやさしさの関係を思い、吾妻ひでおを取り上げて全面肯定の笑いに潜む虚無性を見抜いていた。
 マンガはどこまでも自由だ。そして評論もまた自由だ。

週刊朝日 2015年10月2日号

花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇

橋本治著

amazon
花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇

あわせて読みたい

  • 橋本治さんの著書に影響を受け、弟子入りまで果たした------アノヒトの読書遍歴:柳澤健さん(後編)

    橋本治さんの著書に影響を受け、弟子入りまで果たした------アノヒトの読書遍歴:柳澤健さん(後編)

    BOOKSTAND

    4/10

    萩尾望都「少年愛には関心はなかった」 竹宮惠子との「絶縁」の真相

    萩尾望都「少年愛には関心はなかった」 竹宮惠子との「絶縁」の真相

    週刊朝日

    7/19

  • 漫画家・萩尾望都が初めて明かす、大泉での共同生活。美化される友情物語の真実とは――

    漫画家・萩尾望都が初めて明かす、大泉での共同生活。美化される友情物語の真実とは――

    BOOKSTAND

    5/26

    コミケ初代代表が語る「コミックマーケットを作った理由」

    コミケ初代代表が語る「コミックマーケットを作った理由」

    BOOKSTAND

    1/15

  • 吾妻ひでおさんが晩年語った「発禁になるような美少女エロマンガを」

    吾妻ひでおさんが晩年語った「発禁になるような美少女エロマンガを」

    週刊朝日

    10/31

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す