書評『沖縄の殿様 最後の米沢藩主・上杉茂憲の県令奮闘記』高橋義夫著 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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《文庫・新書イチオシ(週刊朝日)》

沖縄の殿様 最後の米沢藩主・上杉茂憲の県令奮闘記 高橋義夫著

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青木るえか書評#文庫・新書イチオシ

米沢藩上杉家と沖縄のつながり

 徳川時代の大名は、明治維新になってその地位と領地を失うが、代わりに県令(今でいう知事みたいなもの)とか大使になって新政府で今までにない役割を担うことになる。いくら「地方でいちばんエライ人」であっても殿様と知事はぜんぜん違う。殿様というのは案外、バカ殿はいなかったらしいが、それでも家来にかしずかれて何でもやってもらっていただろう。
 米沢藩主・上杉茂憲(もちのり)。あの謙信、鷹山で有名な上杉家の最後の殿様である。この人の代で維新を迎え、廃藩置県の後、英国に1年ばかり留学、帰国して宮内省に勤めたが奥さんが浮気して離婚&再婚、東京では財政困難で倹約生活を強いられている時、沖縄県令にならないかと声をかけられ、それを引き受けた。
 政府のほうはどうも「どうせ大名育ちで無能だろう」と侮っていたようなのだが、茂憲さん、いいとこの出のボンボンによくある、良心的で勤勉な人で、頭も悪くなかった。世間のことはよく知らずとも、やる気満々で沖縄に赴くことになり、すごく真面目に、多少のトンチンカンも混ぜつつ、県令として奮闘する。当時の沖縄は風俗も違うし言葉もあんまり通じない。いくら県令とはいっても殿様に務まるのか。政府がそう思うのもムリはない。
 それでも茂憲さんは、沖縄入りすると、いろんなところに出かけて民情を視察し、年寄りに褒賞を与え、学校をつくって利発な少年を身近に使い、沖縄が良い土地になるように懸命にいろんな施策を打ち出す。しかし、よかれと思って……という施策につきものの反発を招いてしまったりという有り様が面白い。
 沖縄県令として約2年。殿様がいかに奮闘したかが、ここに書かれたお堅い施策や文書を読んでいると、みょうに可笑しく想像できてしまうのである。県令としての茂憲さんの功績を忘れていない人もいるらしく、ほのぼのと「よかったな」と思う。

週刊朝日 2015年7月17日号


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