グルメ番組はもちろん、小説に料理が出てくる場合でも、「いかに美味しいか」の描写に伝える人は心を砕く。が、坂木司『肉小説集』は逆。なぜか不味さにこだわるのだ。
 豚足が苦手な男の言い分は〈ねちねちと冷たい皮を噛んでいると、やがてねっとりとした質感に変わる。豚が自分の体温と同化して、溶け出したのだ。そう思うと、ぞっとした〉(「武闘派の爪先」)。
 婚約者の豪快な父とトンカツ屋に入った趣味にうるさいデザイナーは満を持して小さめのトンカツを口に入れるや〈ざくっ、じゅわり。うわあ。口の中が脂と脂で大変なことに〉(「アメリカ人の王様」)。
 専門店のホルモン焼きをはじめて食べた歯の悪い中年男は〈口の中に、ゴムのような塊がずっとある。/それをいつ呑み込めばいいか、わからない〉(「肩の荷(+9)」)。
 料理下手な母の豚バラ炒めを前にした中学生は〈ぺらぺらの肉は火を通しすぎてかたいし、味つけは市販の焼肉のタレをからめただけで、しょっぱすぎる〉と文句をいうし(「君の好きなバラ」)、手作り派の母を持った小学生は小学生で〈手作りのマヨネーズ(どろどろしてて、味が薄い)〉や〈手作りのカッテージチーズ(牛乳にお酢を入れたやつ。口に入れると、超きもい)〉(「ほんの一部」)にウンザリしている。
 自分の偏食を棚に上げて、ともいえるけど、何でもかんでも旨い旨いと持ち上げる「食レポ」が横行する昨今、こういうのはむしろ新鮮。速水健朗『フード左翼とフード右翼』じゃないけれど、日本人の食は相当複雑なことになっているのだ。
 とはいえ、いちばんおもしろかったのは、ほら吹きの祖父から嘘八百を教えられた大学生の話(「魚のヒレ」)である。〈「早起きはサーモンの得」〉。〈早起きするとサーモンが河に返ってくるみたいに、いいことが戻ってくるって意味〉。
 豚の部位図がそのまま目次になったような、脱力系の短編集。微妙にゆるいところが魅力です。

週刊朝日 2014年12月19日号