東日本大震災にともなう福島第一原発の事故が起きて3年7カ月。無理もなかったが、あのとき、東京に暮らす私は大いに混乱した。現場の詳しい状況がほとんど伝わってこないまま頻発する余震におびえ、メルトダウン、ガンマ線、セシウム137など聞きなれない言葉を耳にするたび疑心暗鬼になり、いったい何を信用して行動すればいいのか迷いつづけた。
 そんな中、物理学者の早野龍五はツイッターで情報発信をはじめた。入手データをグラフ化して現時点での事実を淡々と知らせる早野のツイートは、多くの人々の支えとなった。「大切な判断をしなければいけないときは、必ず科学的に正しい側に立ちたい」と考える糸井重里もその一人だった。
 この『知ろうとすること。』は、事故から3年が過ぎた時点で二人が対談し、ツイッターによる情報発信後の早野の活動を中心に編まれた。もともと原子力の専門家ではない早野だが、不安渦巻く福島に関わっても、その支援の基本はあくまでも正確なデータ収集と分析だった。そのためには煩雑な交渉もいとわず、時にはポケットマネーも投じ、学校給食の陰膳調査、子どもたちの内部被ばく測定装置開発などを実現。判明した事実に基づくアドバイスや新たな対応を提案し、国内外に論文も発表した。
 しかし、いくら安全な結果が出ても、人々はなかなか安心しない。一連の活動を通して〈科学と社会の間に絶対的な断絶がある〉と知った早野に、糸井は、個々人が科学的に正しい側に立って近くの人に「大丈夫だよ」と声をかける、そんな「弱い力」が重要になってくると語る。
 では、玉石混交の情報が飛びかう中、個人はどうやったら正しい側に立てるのか。これは私たちのメディア・リテラシーの問題なのだが、大いに参考になる方法論が、糸井のあとがきに書いてある。早野の実績と科学の話、そして糸井の知恵にふれる文庫本430円。買って損はない一冊だ。

週刊朝日 2014年10月24日号