今から100年前、明治時代が終わった。
 日本史において「明治維新」と呼ばれるほど大きな改革があったその時期、日本語はどのように書かれていたのか。今野真二の『百年前の日本語』は、当時の日本語の書きことばを採りあげて現代との違いを指摘し、この100年ほどの間に日本語がどんな変化を遂げてきたか明らかにする。
 副題にもあるように、明治期の書きことばには「揺れ」があったと今野は説く。それは不安定な「揺れ」ではなく、「豊富な選択肢があった」状態を意味する。
 たとえば、「コドモ」にあてられる漢字は、現代なら「子供」で統一されているが、明治期には、「小兒」「幼兒」「童兒」「童子」「小供」「子共」「児」なども使われている。
 このような多様な書き方を支えていたのが、振仮名だった。また明治期には、話しことばで使われていたと思われる語形も書きことばに持ちこまれている。そのために語義に近い漢字を借用したり、仮名で書いたり、振仮名や送り仮名を活用して工夫され、書きことばの選択肢はひろがっていったのだ。
 しかし、活字印刷の技術が進んで新聞や雑誌が普及しはじめていくと、「不特定多数への情報発信」にふさわしい書きことばが求められるようになり、明治期の後半には、日本語は「収斂」への道を進みはじめる。そして統一化の動きは、周知のとおり、現代にいたるまでつづいている。
 一つの語はできるだけ一つの書き方にしようとする人為的な作業。つまり、書きことばの「揺れ」を排除することは、コミュニケーションの効率化には有益なのだろう。しかし、〈現代のような状態になったのは、日本語の長い歴史の中で、ここ百年ぐらい〉だと知ると、不安になる。はたして、日本語の書きことばはこのままでいいのか?
 統一化の推進によって選択肢をせばめてきた日本語の書きことばの歴史は、どこか、日本社会のこの100年とだぶって見えてくる。

週刊朝日 2012年11月2日号