木村伊兵衛が写し出す「正月の浅草」 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)
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木村伊兵衛が写し出す「正月の浅草」

連載32 木村伊兵衛の「傑作が生まれる瞬間」

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田沼武能dot.#アサヒカメラ#木村伊兵衛
浅草寺(1967年1月)

浅草寺(1967年1月)

 年末が近づくと木村は浅草に足繁く通っていた。1967(昭和42)年は、前年末から正月にかけ4回も出かけている。羽子板市、歳の市、初詣など、1月2日、4日は3本も使い下町の正月風景を撮影している。コンタクトを読むと日本髪を結った晴着姿の女性を狙っていることがわかる。それも今まで発表したものと違う切り口を模索している。浅草寺に初詣に来た人波の中から、日本髪の女性に傘をさす彼氏、その前を慌ただしく歩く男性、右端には晴着姿の若い女性が二人で歩く、いかにも浅草の正月である。

 浅草ではライカ倶楽部の新年会が「大支」という料亭で行われ、芸者衆も呼び撮影会を開くのが恒例であった。木村も芸者を撮影しているが、お人形さんのように血の通わぬ写真は発表していない。報道写真家を自負する木村にとっては、人間らしい芸者でなくてはならなかったのだ。作品集には、芸者が全身で笑っている顔が掲載されている。

選・文=田沼武能(たぬま・たけよし)
1929年、東京・浅草生まれ。49年サンニュースフォトス入社と同時に、木村伊兵衛氏に師事。アメリカのタイム・ライフ社との契約を経て72年に独立。現在、日本写真著作権協会会長。2019年秋、写真界初の文化勲章を受章。

※『アサヒカメラ』2020年1月号より


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