24歳で農村に移住した渋谷女子の孤独と涙 奮闘する彼女を救った、ばあさんたちの「魔法の言葉」 (1/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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24歳で農村に移住した渋谷女子の孤独と涙 奮闘する彼女を救った、ばあさんたちの「魔法の言葉」

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西岡千史dot.
瀬戸山美智子さん(撮影/高木あつ子)

瀬戸山美智子さん(撮影/高木あつ子)

 男女関係の相談には「男のいいところ? いいところなんてないさ」。音痴で悩む人には「ジャズを歌うといいよ、わからないから」──。人生相談を受けた群馬県片品村に住む須藤カヲルさん(92)の言葉を集めた『片品村のカヲルさん 人生はいーからかん』が一冊の本になった。

【写真】名物人生相談ばあさん、カヲルさん

 本は、横浜市生まれで24歳で村に移住した瀬戸山美智子さんが、編集者やカメラマンと協力して作った。移住するまでは渋谷で働き、渋谷で遊ぶことが生きがいだった瀬戸山さんが、なぜ、群馬の農村に向かったのか。そして、移住してからの奮闘や人間関係に悩んだ日々、「人生の師」と慕うカヲルさんとの運命の出会いを語ってもらった。

* * *
 東京から車で約180キロ、群馬県の北北東に位置する片品村は、人口約4300人の小さな村だ。日本最大の山岳湿地である尾瀬国立公園の群馬県側のふもとにあり、ウィンタースポーツ好きなら、関東地方唯一の特別豪雪地帯で、「スキー場の村」として知っている人が多いかもしれない。

 そんな村に今から16年前、ちょっと場違いな女性がやってきた。瀬戸山美智子さん、24歳(当時は旧姓=桐山)。横浜生まれの横浜育ちの24歳。高校時代は安室奈美恵に憧れ、日焼けサロンに通った。専門学校を卒業後は渋谷のアクセサリー販売店に勤務。典型的な「渋谷女子」だった。

「仕事が終われば毎日のように友達と渋谷で遊んで、毎日のように終電で家に帰っていました。自分で言うのも変ですが、それでもわりと仕事ができて3年目で店長に抜擢されたんです」

 仕事は楽しかった。ただ、店長になった頃から数字に追われ、ノルマを達成するために客に商品を売りつけるようになっていた。若くて体力はあっても、心身ともに悲鳴をあげていたのかもしれない。その頃、アトピー性皮膚炎が再発する。

「給料は全部ファッションと遊びに使っていたんですけど、『このままでいいのかな……』と思うようになって。それで、アトピーをきっかけに食べ物の本を読んだりすると、『え、日本の食料自給率って40%(現在は37%)なの』って愕然としました。そこから環境問題にも関心が出てきて、一人で渋谷の真ん中で『地球ヤバいよ!』って思うようになって、仕事を辞めちゃいました」



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