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都内に残る明治・大正・昭和の名残…今も現役の鉄道遺産

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植村 誠dot.#鉄道
南北にドーム型屋根が復元され、本来の姿を取り戻した東京駅(C)朝日新聞社

南北にドーム型屋根が復元され、本来の姿を取り戻した東京駅(C)朝日新聞社

 駅の大規模改修や新線の建設など、時代とともに刻々と姿を変えてゆくのは鉄道もまた同じ。しかしそんななかにも、いにしえの姿を伝えながら現役で活躍を続けている建築物も少なくない。都内に残る現役の鉄道遺産をいくつかピックアップしてみた。

【赤レンガの坑口が歴史を物語る「御所トンネル」】

*  *  *
■ドーム屋根が美しい! 東京駅丸ノ内本屋

 赤レンガ造りの堂々とした駅舎が都心の一角に浮かび上がる。

 東京駅丸ノ内本屋は、同駅が開業した1914(大正3)年12月に竣工(しゅんこう)、わが国を代表する歴史的建造物のひとつだ。

 日本近代建築の父とも言われる建築家・辰野金吾の設計による鉄骨レンガ造りの建物は、中央棟を中心に翼を広げるような威容で、南北方向におよそ335mもの規模を持つ。設計にあたり、オランダのアムステルダム中央駅を模範とした説もある。2006(平成18)年4月には両駅の間で姉妹駅協定が結ばれているが、これは歴史的建造物や拠点駅としての共通点などが評価されたため。

 見どころとして必ず訪れたいのが北口と南口で、八角形のドーム屋根から注ぎ込む自然光がコンコースをやさしく照らす空間は東京駅赤レンガ駅舎のランドマークといえる。ドーム上部にはワシの彫刻などが施され、天井部分に向かってアーチ状に組み上げられたデザインが時代の重みを感じさせることだろう。

 東京駅丸ノ内本屋は、1945(昭和20)年の5月の東京大空襲で屋根や内装などが焼失、戦後を通し仮復旧状態で用いられてきた。仮復旧駅舎は近年まで現役だったが、2012(平成24)年に往時の姿を復原工事により再現。これは、JR東日本などが主体となった駅および周辺の大規模再開発事業の一環として実現したもので、南北にあったドームをはじめ尖塔(せんとう)や外壁などが再現されている。なお、2003年には国の重要文化財に指定されている。
1948年撮影の昌平橋界隈。上から神田川橋梁を渡って御茶ノ水へ向かう総武緩行線、中段が神田へ向かう中央快速線。昌平橋の上には都電の貨物電車、甲400形416号車が走っている(C)朝日新聞社

1948年撮影の昌平橋界隈。上から神田川橋梁を渡って御茶ノ水へ向かう総武緩行線、中段が神田へ向かう中央快速線。昌平橋の上には都電の貨物電車、甲400形416号車が走っている(C)朝日新聞社

■御茶ノ水駅界隈と合わせて探訪してみたい 総武本線神田川橋梁

 総武緩行線下り電車が御茶ノ水を発車すると、33パーミルという急勾配を駆け上がり、神田川を見下ろすように渡って秋葉原の電気街に至る。この神田川に架かる神田川橋梁も貴重な鉄道遺産に数えられている。

 総武本線が御茶ノ水に乗り入れるにあたり架橋された橋梁で1932(昭和7)年に竣工。総延長は56.0mとさほどの長さはないものの、秋葉原側でアーチ橋の松住町架道橋(1932年竣工)とつながっており、実際に通ってみるとひとつの橋を渡ってゆくような印象を受けるかもしれない。

 神田川を越える部分に八の字形の「ラーメン橋脚」が用いられているほか、茶ノ水側のコンクリート橋台が中央線の上り線をまたぐなど独特の形状を持つのも特徴といえるだろう。

 御茶ノ水界隈の神田川は聖橋や東京メトロ丸ノ内線の神田川橋梁などが連なり、鉄道写真など撮影映えするポイントに恵まれたエリアでもある。


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