理化学研究所(理研)に勤める物理学者の大竹淑恵さんは、日本中性子科学会の学会賞を2022年に受けた。中性子(ニュートロン)という粒子を使って、橋や道路などのインフラの内部を「透視」する技術の開発をリードする。標準化を目指す「ニュートロン次世代システム技術研究組合」の理事長でもある。
【写真】若い意欲にあふれたまなざし。東海村にある原研3号炉で実験していたとき
自ら「遅咲き」という。研究が軌道に乗ったのは50代に入ってから。30代後半から心身の不調に悩まされ、家族の看護と介護に翻弄された時期もあった。最初の結婚は6年間で終わり、40歳を過ぎて踏み切った17歳年下との事実婚は2年前に解消。「私はいつも男の人を養っちゃう。それで、相手が駄目になっちゃうんですね」。最近それに気が付いたと、豪快に笑うのである。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
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――自然科学の総合研究所として、あの渋沢栄一らが1917年に創設したのが理研です。研究成果の社会への普及を当初から重視してきました。大竹さんがなさっているのも、一般には馴染みの薄い中性子線を社会に役立てる活動ですね。
理研でチームリーダーになったのは52歳のときです。その前から中性子線を出す小型装置、といっても長さ15メートルありますから一般的な感覚では大きな装置ですが、その開発に取り組み、コンクリートや鉄鋼材料の中を見る実験を重ね、新たな計測技術の開発に成功しました。この技術の実用化につながる長さ5メートルの2号機も開発し、現在は車に積めるぐらいの大きさの3号機を開発中です。
中性子は名前の通り「中性」ですから、物質の中をかなり通り抜けることができる。その先に計測器を置くと、物質の中の構造が見える。道路の場合は、地中に計測器を置けないので、中性子がぶつかって出るガンマ線や散乱中性子線を道路の上でキャッチするという、まったく新しい発想の計測技術を開発しました。現場で使える装置も開発しています。これで、コンクリート内部の塩分濃度や、吊り橋のケーブルの内部に水がたまっていることなどがわかります。つまり、社会インフラの劣化の程度を知ることができる。社会の安全を守るために、壊さずに内部の様子を知る方法が求められているのです。