副総裁候補2人の人選もよく練り上げられている。海外当局にも名前が売れている国際派、前金融庁長官の氷見野良三氏、雨宮副総裁の下で異次元緩和の政策設計を担った日銀のエース、内田真一氏の2人である。この3人の組み合わせなら、雨宮氏や中曽氏が総裁に就く体制と遜色ない。

■気がついたら「出口」がベスト

 今回の総裁人事案については、植田氏をよく知る日銀OBらの評判は総じて良かった。

 ある元幹部は「緩和の継続と異次元という異常事態からの撤収のバランスを考えていくうえで適格者だ」と評価する。また、別の元幹部も「理論家ではあるが金融政策の政治性、マーケットの敏感さも熟知している」と見る。

 では「植田日銀」はいつ、どのように動き出すか。この点について、植田氏を知る関係者らは「慎重に、注意深く進めるだろう」という見方で一致する。

「出口」に向かうことの重要性を認識している点で、植田氏は黒田総裁と明らかに志向が異なる。人事案が明らかになった10日夜、植田氏が自宅前で報道陣に対し語った次の言葉からもうかがえる。

「日銀は出口に行くとしたら、いろいろ難しい問題があるのは百も承知している」

 日銀が異次元緩和をやめて正常化に乗り出すとマーケットが見なしたとたん、日本経済は長期金利の急騰や円急落という試練に見舞われかねない。そのあたりの微妙な政策運営の機微についても、日銀審議委員を長く務めた植田氏はわかっているはずだ。

 そのためか、報道陣から「黒田日銀の10年の評価」を問われても、「現状の金融政策は適切だと考えている。当面、金融緩和を続ける必要があると思っている」と答えている。

 これを額面通りに受け取れば黒田路線、アベノミクス路線の継承のように読める。だが、植田氏の真意は別にあるだろう。氏をよく知る日銀や学界の関係者たちは「植田氏は最後まで真意は見せないだろう」と語る。

 国民にとって最も望ましい展開は、気がつけば出口政策が始まっていた、という状況だろうか。もちろんそれは至難の道ではある。異次元緩和というカンフル剤には、もはや一時的な覚醒効果さえない。深刻な副作用ばかりが浮かび上がっている。

だが10年に及ぶ「ぬるま湯経済」が少なからぬ政治家や経営者たちに「この状態が当たり前」という意識を植え付けてしまった。異次元緩和をやめるなら、政治的な抵抗はかなり激しいものになるだろう。

 新しい正副総裁3人の顔ぶれで心配があるとすれば、その点だ。いずれも政界とのパイプが太いわけではない。いざというときの政権や与野党との向き合い方にやや不安も残る。

 ただ、日本の財政や金融政策の悲惨な現状を見れば、むしろ政治を過度に意識せず、もっとも適切な政策運営にエネルギーを注いだほうがいいかもしれない。

 歳出減か、増税か、あるいは円急落から高インフレか。どのような道をたどるにせよ、あらゆる国民負担を先送りしてきた「アベノミクス=異次元緩和」を続けることには限界がある。やめるときには国民のツケ払いも避けられない。まったく傷を負わないハッピーな出口はなさそうだ。その覚悟だけはいずれ植田日銀も、そして国民も共有しなければならないだろう。

原真人(はら・まこと)/1988年に朝日新聞社に入社。経済部デスク、論説委員、書評委員、朝刊の当番編集長などを経て、現在は経済分野を担当する編集委員。コラム「多事奏論」を執筆中。著書に『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日本「一発屋」論 バブル・成長信仰・アベノミクス』(朝日新書)、『経済ニュースの裏読み深読み』(朝日新聞出版)。共著に『失われた<20年>』(岩波書店)、「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。