政策立案にたけた雨宮氏は、そのときどきで変幻自在の策を繰り出してきた。必要であれば以前言っていたことも平気でひっくり返した。だから仮に総裁になっても顔色ひとつ変えずに異次元緩和の手じまいに乗り出すだろうと見ていた。「君子豹変(ひょうへん)」できる人なのだ。

 とはいえ、さすがの雨宮氏も手じまいの指揮は「みずからの任にあらず」と考えたようだ。出口戦略は少なくとも十数年、場合によっては数十年がかりの大仕事となる。当然、国民負担も日本経済への負荷もそれだけ重くなる。敗戦処理を説く日銀総裁が「A級戦犯」では説得力を欠くだろうし、国民の総意を取り付けるのも難しくなる。

■5年に1度の「総裁人事カード」

 岸田政権はどう考えたか。「雨宮総裁」なら金融市場は黒田日銀の延長路線と見なすだろう。事実、日経「打診」報道のあと、為替相場は急速に円安ドル高方向へと戻した。

 岸田政権にとっては雨宮氏を選ぶことで「市場にやさしい」政策を続けるというメッセージを出す効果がある。そのほうが当座は安全策だ。とはいえ、せっかく5年に1度の日銀総裁人事という貴重なカードを手にしたのだ。政権浮揚のために、より有効に使いたいという思惑はあるはずだ。

ならば政権の看板「新しい資本主義」が「アベノミクスの亜流」との見方を払拭(ふっしょく)する機会にしたいと岸田首相が考えたとしても不思議ではない。それならば、出口政策の必要性を深く認識しながら、性急な利上げに慎重な植田氏を総裁候補にしたのはよく考えられた人選だったと思う。

 植田氏はかつて日銀の審議委員を7年間務めた。重要な政策決定の際に存在感を放った。いまや先進国の中央銀行がどこも採用している金融緩和の長期化を約束する手法「フォワードガイダンス」は、そのころ植田氏が発案した「時間軸効果」が元になっている。

 日銀幹部をもしのぐ金融政策の知識と実績をもつ人材は、植田氏を除いてそうそういない。当時の速水優・日銀総裁は、植田氏について「将来の総裁候補になりうる人材」と周囲に語るほど評価していた。

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黒田総裁との違いは?