※写真はイメージです。本文とは関係ありません
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【サクラさん】そんな小学生の自分の息子の同級生の子が〔電話してきたのに〕、「適切な処置で気道だけ確保しときや」と。「なんかあったら電話頂戴」って言うんですよ。『なんかあったから電話してんねん』と思ったんですけど、これ以上は私も「分かった、大丈夫」としか言えないし、子どもながらに気をつかって。〔中略:以下……で示す〕

 1回も泣いたことなくて、本当にお母さんのことで。しんどくて。オール〔注:徹夜〕なんですよね。それって結局、夜飲むから、朝までお母さんを見ているわけですよ。どうせ救急車呼んでも、尼崎とか堺とか、帰りが大変なんですよ。私がお母さんの財布を持って行って、タクシー手配して、住所言って、入院もさせてもらえないんで、胃洗浄しかできないんですよ。でも、大概、寝ているだけやから、体内に取り込まれているでしょ、寝てんねんから体内に取り込まれているじゃないですか。目覚めるまでは置いてくれるけど、目覚めたら「帰ってくれ」なんですよ。それは私がなんぼ小学生であろうと、「君がお母さんのことやってくれ」っていう。『社会って冷たいな』って、今から思えば。
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 サクラさん自身は、母についてはSOSを出している。しかし周囲の大人が聞き届けていない。「1回も泣いたこと」がないというのは、「何回も」過量服薬と救急搬送を繰り返すという反復と対照されている。「1回もない」こともまた恒常性だ。

「本当にお母さんのことで。しんどくて」と、ここではクリアに思いが説明される。しかし「1回も泣いたことなくて」と感情が出せないことは変わりがない。社会のなかでSOSが聞き届けられないことと、サクラさんが感情を語れなかったことは裏表の関係にある。インタビューで語り続けるうちに、だんだんサクラさんの思いが表面化したようだ。とはいえ、「『社会って冷たいな』って、今から思えば」というのは現在から振り返ったときの小学生時代のしんどさへの思いである。ここでも子どもの頃には言語化できていなかった苦痛が、ヤングケアラーとしてのサクラさんの経験を貫いている。

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あいまいな苦しさこそがヤングケアラーの置かれた状況なのではないか?