天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)

 9月に「環軸椎亜脱臼(かんじくつい あだっきゅう)に伴う脊髄症・脊柱管狭窄症」であるということがわかり、現在は入院してリハビリ中の天龍源一郎さん。今回は入院先から主治医の許可をもらいながら、今年6月24日に亡くなった妻への想いや現役プロレスラーたちへのメッセージを語ってもらいました。

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 今も入院生活を送っているが、まあまあ順調だね。リハビリも遅々としてだが進めているから、来年の早い段階でファンの前に姿を見せられたらなと思うよ。

 俺が入院してすぐ、妻・嶋田まき代の書籍「天龍源一郎の女房」(ワニブックス)が俺たちの結婚記念日、9月26日に刊行されたんだが、それを読むことができたのは2ヵ月くらい経ってからなんだ。だから、読み終えたのはつい最近のこと。

本は手元にあったんだけど、手を伸ばそうとすると、その手がすくんでしまってね。まき代が命を削ってさらけ出して書いたことを、たらたらと読んでいいのかという気持ちだったんだ。やっぱり感傷的になってしまうね。

 ようやく本を読んで、いろいろなことがあったよなと思い出すけど、やっぱり思い出深いのは、結婚してすぐにまき代が「天龍源一郎を日本一のプロレスラーにする」と言ったことだね。動きがモソモソして、決してシャープとは言えない当時の天龍を日本一にするなんて公言して、周りのレスラーは「何言ってんだ?」という気持ちだったろう。

 それでもまき代はその言葉通りに実行して、家族で旅行に行くときも家族全員の荷物を抱えて娘の手を引いて、俺の後ろをついてきてくれた。新幹線に乗っても俺だけグリーン車でね。俺が飲みにいくときもありったけの金を持たせて、俺にいい顔をさせてくれたり。自分では一生懸命頑張って稼いでいるつもりだったが、まき代が持っていた貴金属を質屋に入れたりして生活費にして食いつないでいた時代があったのを知って、ショックを受けたりね。

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天龍源一郎

天龍源一郎

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

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