※写真はイメージです。本文とは関係ありません(写真:Vadym Petrochenko / iStock / Getty Images Plus)
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 世界最大の精子バンクとして知られる「クリオス・インターナショナル」(以下、クリオス)の冷凍精子によって、100カ国以上約6万5千人の子どもが生まれている。同社から精子を買った日本人の女性カップルは、たった1回の人工授精で妊娠に成功し、出産に至ったきわめて幸運なケースだ。10年以上にわたり取材を続けてきたジャーナリスト大野和基氏の新刊『私の半分はどこから来たのか――AIDで生まれた子の苦悩』(朝日新聞出版)から一部抜粋・再編して紹介する。

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■「命の種を買う」

「2020年4月4日に無事生まれました。生まれたときの体重は3280グラムです」

 女性カップルの一恵さん(44)と響さん(42)はZoomのスクリーンの向こうで喜びの声を上げた。2019年にクリオス・インターナショナルから精子を買って、1回目の人工授精で妊娠し、無事出産に至ったきわめて幸運なケースだ。一恵さんは赤ちゃんに自分のことを「パパ」と呼ばせている。

 一恵さんと響さんが知り合ったのは15年前である。インターネットの掲示板で友だち募集があり、当時一恵さんは宝塚を真似たような女性ばかりの劇団に入っていた。宝塚に詳しい人を探そうと投稿した。それを見た宝塚ファンだった響さんが返信したことがきっかけとなって、何回か食事を一緒にしたり、観劇したりしているうちに一緒に暮らすようになった。

 2人とも小さいころから男性には関心がなかった。一恵さんは中学生のころからそのことで少し悩んだことはあったが、それ以上深刻には考えなかった。一恵さんは大学生のときに実家から出ると、解放感が大きく影響したのか、生まれて初めて彼女ができた。「親は何となく感じていたと思いますが、自分がゲイであることを親に告白したのは18、19歳のときでした」。

 母親には自分の育て方が悪かったのかと言われ泣かれたという。そのとき一恵さんが言ったのは、「お母さんが期待しているような結婚をして孫を作ることは難しい」ということだった。一方、響さんは事情が異なる。男性に告白されて付き合ったことがあるが、どうしても好きになれなかった。それからは男性と付き合うことは諦めて、10代の思春期のある日、母親に「私は女の人が好き」とカミングアウトすると母親は「そうだと思っていた。別にいいんじゃない」と言われ、何の問題にもならなかったという。

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「精子バンクを使うというのは命の種を買うという気持ち」