撮影:小島一郎
撮影:小島一郎

*   *   *
 ギリシャの隣国アルバニアでロマの人々と出会った小島一郎さんは彼らの姿に強く引かれた。そこに「むき出しの人間」を感じた。

【小島一郎一さんの作品はこちら】

「暮らしぶりも含めて、ああ、人間だな。人間って、こういうものかな、と思いました」

 彼らの姿が寿町(横浜市)の人々と重なった。かつて東京の山谷(台東区)、大阪の釜ケ崎(西成区)と並ぶ「日本3大ドヤ街」の一つと知られた寿町。小島さんはそんな町に10年前から通い続けてきた。

「寿町の住人のほとんどは生活保護を受ける非常に厳しい暮らしをしているんですが、それと引き換えに、というか、彼らはすごく自由なんです」

 小島さんはそう言うと、スカートをはいた高齢の男性の写真を見せてくれた。

「例えば、男は男らしくしなければいけない、ということから自由なんです。こう見られなければいけない、ということから解き放たれている。そこに『むき出しの人間』を見る思いがする。生きている人間を感じるっていうか」

撮影:小島一郎
撮影:小島一郎

 しかし、その写真は「一歩間違えれば珍しい人たちの人間図鑑みたいになってしまう」と小島さんは言い、こう続けた。

「わずかな時間ですけれど、ぼくとこの人が向き合った関係性みたいなものをこの写真を見た人が感じられるような、ぼくと替わってこの人と対話できるような写真が撮りたいと思っています」

 しかし、それは容易ではなかった。

「撮影にはものすごく時間がかかりました。警戒しながら生きている人たちなので、最初はカメラをたたき落とされたりした」

 それでも毎週、寿町に通ううちに1人、2人と顔見知りが増えていった。すると「どこか居心地がいい」、そんな気持ちを抱くようになった。

 アルバニアでロマの人々を撮影したときも彼らに同様な思いを抱いた。しかし、この国の最初の印象はまるで違った。「暗黒の国」だった。

■明らかに違う空気

 1984年、欧州を旅していた小島さんはイタリア南部からギリシャに向かうフェリーに乗った。

「夜、アルバニア沖に差し掛かると、陸地に電気がついていなくて、ほんとうに真っ暗だった。あんなところに行ったら帰ってこられない、『暗黒の国』。そんなイメージでした」

次のページ
「私たちはロマなのよ」