日本でフェミニズムや性教育へのバッシングの“なぜ” 韓国では「政治主導で起きている」

おんなの話はありがたい

フェミニズム

2022/08/03 16:30

自民党・山谷えり子参院議員
自民党・山谷えり子参院議員

作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、バックラッシュについて。

【写真】北原みのりさんはこちら。

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『アンアンのセックスできれいになれた?』という本を書いたとき、1970年の創刊から40年分の「アンアン」を読んだことがある。国会図書館で色あせた40年前の雑誌をめくりながら、そこで繰り広げられる世界があまりに希望に満ちて美しく、自由だったことに何度か泣きそうになった。今から50年前の日本、「これからは女の時代だよ!」と若い女たちが拳をあげていた。ジーンズをはいて、超ミニスカートをはいて、まだ見ぬ世界への憧れを語っていた。記事には、ピル解禁は間近だよ! 女性が総理大臣になる日も近い!などといったことが、熱のこもった口調で語られていた。

 あの頃、街ではピンクヘルメットをかぶった若い女性たちが、革命を起こしていた。「中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合」=「中ピ連」をたちあげた女性たちが、堕胎罪に異議を唱え、自由にピルを手に入れられるために行動を始めた。こう自分で書いていて、ちょっと手が震える。あのー、今もこの国のフェミニスト、同じことしてるんですけど……。いまだに堕胎罪はありますよ。低用量ピルも、緊急避妊ピルも、「手に入る」ようにはなったけど、未だに医師の処方箋が必要とされてるんですよ。というか、国会図書館でアンアンを読んでため息をついたのも、すでに10年前になる。「来年には女性の総理大臣を」なんて言ってた70年代は、もう半世紀前の昔話なのだ。いったい、何年、この国は、女を同じ場所に押し込めておけば気がすむのだろう。

 つくづく2000年代の性教育バッシング、ジェンダーフリーバッシングの罪の重さを思う。70年代のウーマンリブから地道に草の根的に活動してきた日本の女性運動が、90年代にようやく花開こうとしていた。選択的夫婦別姓もあと一歩というところまで議論がされ、男女共同参画社会基本法ができて、DVやセクハラに関する法律のために国が動き始めていた。そういう時代の後に来た00年代のジェンダーフリーバッシング、性教育バッシングは、この国のジェンダー平等にとってどれほどの痛手だっただろう。その背景に今、急速に明らかになっている旧統一教会と自民党議員の関係がどれほど影響していたのかは、厳しく検証していくべきだろう。

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00年代のバックラッシュ

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