国内外に衝撃を与えた安倍晋三元首相の銃撃事件の余波はいまだ収まらない。そんな中、憲法改正をはじめ、安倍氏の“悲願”だった政策を岸田政権がどの程度引き継ぐのかも注目される。同じ自民党でも岸田氏と安倍氏の政治スタンスには開きがあるとされるが、安倍氏・菅氏の後に総理となった岸田氏は「国民政党」という言葉を好んで使う。その真意とは何か。朝日新書『自民党の魔力』(蔵前勝久著)から、一部を抜粋して解説する。(文中の肩書は当時のもの)

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 自民党は1955年の結党時に立党宣言や綱領などとともに、「党の性格」という基本文書をまとめている。平和主義政党、真の民主主義政党、議会主義政党など六つを列挙したが、その一番目は「国民政党」だ。

 そこには、こう記されている。

一、わが党は、国民政党である わが党は、特定の階級、階層のみの利益を代表し、国内分裂を招く階級政党ではなく、信義と同胞愛に立って、国民全般の利益と幸福のために奉仕し、国民大衆とともに民族の繁栄をもたらそうとする政党である。

 右派と左派に分かれていた二つの社会党の合流により、日本に社会党政権が生まれることを危惧して、自由党と日本民主党による保守合同で自民党は生まれた。社会党のように「特定の階級、階層」を代表するのでなく、国民全体を代表する政党としてのアイデンティティーを記したものだったのだろう。

 岸田文雄首相は「国民政党」という言葉を好んで使う。現職首相として再選をめざしていた菅義偉氏に対抗して、自民党総裁選への立候補を表明した2021年8月26日の会見。岸田氏は冒頭からこう言った。

「昨年来のコロナとの戦いに、菅総理の強いリーダーシップの下、全身全霊を傾けて、努力を続けてきました(中略)。しかし、結果として、今、国民の間には『政治が自分たちの声、現場の声に応えてくれない。政治に自分たちの悩み、苦しみが届いていない。政治が信頼できない。政治に期待しても仕方がない』、こうした切実な声が満ちあふれています。『国民政党』であったはずの自民党に声が届いていないと、国民が感じている。信なくば立たず。政治の根幹である国民の信頼が崩れている。我が国の民主主義が危機に瀕している。私は、自民党が国民の声を聞き、そして幅広い選択肢を示すことができる政党であることを示し、もって我が国の民主主義を守るために、自民党総裁選挙に立候補いたします」

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菅氏の政治への批判