明徳義塾―星稜 9回表2死三塁、5打席連続で敬遠される松井秀喜(1992年8月)
明徳義塾―星稜 9回表2死三塁、5打席連続で敬遠される松井秀喜(1992年8月)

 河野氏が言うレベルの高さだけではなく、入れ替え戦で昇格、降格が繰り返され、下に落ちる選手たちが悔し涙に暮れる残酷さも東都ならでは。例えば、2018年秋に大学日本一に輝いた立正大や、同年のドラフト会議で3選手が1、2位指名を受けた東洋大といった屈指の名門が今は2部だ。2部と3部以下の壁は厚いとされるが、そこでもまれに“下克上”が起きている。

 帝京平成大は、まずは4部リーグからのスタートとなる。優勝して入れ替え戦を制し、一つ一つ階段を上がっていかねばならない。

 ただ「3部でもセレクションを行っている大学があり、すいすいと上に行けるとは思えない」(大学野球関係者)との声もある。いばらの道かもしれない東都リーグへの加盟を、河野氏はなぜ選択したのか。千葉リーグでの一部昇格は見えていたはずだ。

「東都で上にあがれば、選手たちもその意味がわかると思います」。河野氏の言葉に熱がこもる。

「世界一、練習をするぞ」と連日、10時間も汗と泥にまみれた高校時代。甲子園出場を勝ち取った瞬間の喜びはあったが、いざその舞台に立つと、

「勝つために必死過ぎて、野球を楽しむ余裕なんてまったくありませんでした」

 戦った先にはさらに、明徳義塾への激しいバッシングが待っていた。

 野球が楽しい。そう思えたのが専大時代のリーグ戦だ。ハイレベルな戦いだけではない。応援団やチアリーダーたちの声援、試合途中にスタンドで流れる校歌、野球ファンたちの歓声。

「とにかく華やかでしたよね。社会人になって出場した都市対抗野球もすばらしかったけど、一番楽しかったのは大学野球でした。うち(帝京平成大)の選手たちは、大学の校歌を知らないんです。東都で上に行き、名門と張り合えるようになれば、大学の学生たちも盛り上がって球場に応援に来てくれるでしょう。応援団や学生たちが校歌や応援歌を歌う、あの素晴らしい雰囲気の中で戦ってほしいと思うんです」

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「日本式の練習はロスだらけ」