安田純平さんとみられる人物について2018年10月、声明を出したトルコ南部のハタイ県庁
安田純平さんとみられる人物について2018年10月、声明を出したトルコ南部のハタイ県庁

 解放の背景として考えられるのは、「イスラム過激派」の“穏健”路線への転換だ。ISの残虐ぶりがイスラム教徒からも嫌悪され、米軍などの攻撃を受けるのを横目に、ISと対立しつつ「欧米を攻撃しない」という意味の“穏健”アピールで「テロ組織認定からの脱却」を狙い、生き残りを図るようになった。これは2021年8月に復権したアフガニスタンのタリバンがIS-Kと争い、「われわれは自国領土をいかなる者の攻撃にも使わせない」と強調して国際承認を求める姿勢にも通じている。

 2015年5月には「ヌスラ」の指導者が「シリアから欧米への攻撃をしないようアルカイダ指導者から指示を受けている」と表明。他の組織からも要求され、2016年にはアルカイダからの離脱を宣言している。

 2017年に「ハイヤト・タハリール・シャム(HTS)」に改組してからは、2018年2月に私と同じ施設にいたカナダ人を1カ月弱で解放し「スパイでないので人道的な見地から貴国に引き渡す」と証明書まで与えている。

 外務省の担当者はカナダ人の解放について当時、私の妻に「身代金ではない解放。お金でなくても解決している」と紹介し、励ましていた。HTSは2019年5月にはやはり私と同じ施設にいたイタリア人を「他のギャングから救った」と強調して約3年の拘束から解放した。身代金を取れなかった場合に、ISが殺害映像を流して宣伝に利用したのとは対象的に、「救けてあげた」などと“穏健”アピールをしているわけだ。私を拘束していた組織もこうした路線の中にいたHTSの関連組織だったと思われる。

 2019年12月には南アフリカ人記者が約2年ぶりに解放された。米国のシリア問題の特使を務めていたジェームズ・ジェフェリー氏は2020年2月、記者会見で「HTSとして、外国へのテロ攻撃を実施も計画もしているとは見受けられない」と述べている。「ヌスラ」の後継組織としてHTSも「テロ組織」と認定されているが、外国人記者の命と引き換えに身代金を取っていたという認識を米国がしていたら、このような発言をすることはないだろう。

 では日本政府は何をやっていたのか。外務省の歴代担当者が私の妻に強調していたのは「信頼できるルート」の存在だ。その相手と「なかなかアポが取れない」「ようやく連絡がついた」などと、いつ殺されるか分からないという緊急事態とはおよそ思えない空白期間を置きながら、私の拘束状況について「閉じ込められている状況ではなく、大きな家で軟禁されてアラビア語の勉強をしている」「民家の2部屋を使っている。最近、周囲の塀が高くなってナーバスになっている」などと妻に知らせていた。

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「そのことは言わないでほしい」と外務省