安田純平さんが解放について、取材に応じる安倍晋三首相(2018年10月24日)
安田純平さんが解放について、取材に応じる安倍晋三首相(2018年10月24日)

 中東シリアで武装勢力に3年以上、拘束された後、2018年10月に解放されたジャーナリストの安田純平さん。釈放から3年あまりの歳月が過ぎたが、今も多くの謎が残されたままだ。帰国した安田氏は政府、支援団体など「釈放」に関わった関係者を徹底取材。知られざる人質交渉の闇を追う。【前編から続く】

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 2015年6月にシリアに入って拘束された私の家族に2016年1月1日、拘束者側からとみられるメールが届いた。私が拘束者に個人情報を書かされた文書が添付されていた。

 メールには「拘束者は、日本政府は彼の件を非常に悠長に考えていると言っている。彼らは様々な方法で日本政府に連絡を入れているが、現在まで何の進展もない」などと英語で綴られていた。

 送信者は自らを「仲介者であるアブワエルに頼まれた際に日本政府に連絡を入れている」とし、「アブワエル」の電話番号とネット通話サービス「Skype」のアカウント名が記されていた。妻はこのメールをすぐに外務省の担当者に転送した。

 シリアで発生した人質事件ではほとんどの場合、家族に金銭等を要求するメールが届く。しかし私の場合はこのメールだけで、「殺す」といった脅迫も金銭等の要求も一度もない。

「アブワエル」は当時、多くのメディア関係者が接触していたトルコ在住のクルド系シリア人だ。取材したジャーナリストの藤原亮司さんは「シリアで人質にされたイタリア人女性の解放に立ち会ったといい、女性の隣に札束が山積みにされている画像を見せられた」という。私が書かされた文書をメディアに提供していたのもこの人物だ。私が映った動画や画像をネットやメディアに公開していた自称シリア人ジャーナリストは、英語のできない「アブワエル」からそれらを受け取って代弁していたにすぎない。

 日本政府はこの「アブワエル」を一貫して無視し続けた。外務省邦人テロ対策室の歴代担当者は、私の妻に「アブワエルは相手にしていない」と繰り返し語っていた。彼は2016年6月に「日本政府が拘束者の要求に反応せず、仲介に失敗した」として事件からの「撤退」を表明し、当時の萩生田光一官房副長官は記者会見で「機微な内容。仲介者と称する人も大勢いる。詳細は控えたい」と述べている。

「アブワエル」と接触すれば必ず身代金の交渉になる。「テロに屈しない」と公言してきた日本政府が彼を無視したとしても矛盾はない。2015年1月にイスラム国(IS)に殺害された後藤健二さん、湯川遥菜さんの事件でも、当初は後藤さんの家族に脅迫メールが来たが、日本政府はやり取りに関与しなかったことが内閣の「検証報告書」などで明らかになっている。

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「殺されても仕方ない」と結論づけた政府