日本の『乾杯』を歌い続けるミャンマー避難民たちの秘めたる思い【現地ルポ】

2021/12/07 13:05

アウンサンスーチー氏の肖像を掲げる市民(ミャンマー)
アウンサンスーチー氏の肖像を掲げる市民(ミャンマー)

 ミャンマー国軍がクーデターを起こしてから、12月1日で10カ月が経過した。国軍が首都ネピドーに設置した特別法廷は6日、民主化指導者アウンサンスーチー氏に対し、社会不安をあおった罪などで禁錮4年の判決を言い渡した(その後、禁錮2年に減刑)。いまも軍に反発する市民の逮捕は続き、デモでの死傷者は増え続けている。タイと国境を接する東部カイン(カレン)州の避難民キャンプには、2006年より国軍の弾圧から逃れてきた2000人以上が暮らしている。キャンプを訪れると、長渕剛のヒット曲「乾杯」を歌う避難民の姿があった。その思いとは― 。

【写真】砲撃を受けた村

「国軍が怖いので、村には帰れません」

6歳の時に軍の襲撃から逃れてきたノイポさん(11月、泰梨沙子・撮影)
6歳の時に軍の襲撃から逃れてきたノイポさん(11月、泰梨沙子・撮影)

 2児の母であるカレン族のノイポさん(21)は、絞り出すように語った。

 06年、当時6歳だったノイポさんは国軍による村の襲撃から逃れ、人生の大半を避難民キャンプで暮らしている。

キャンプの暮らしで必要な食料や医療物資は、支援団体などがタイ側から送ってくるが、「どんどん少なくなっている」。幼い子供2人は彼女の周りではしゃぎまわるが、ノイポさんは力なく見つめるだけだ。

 ■空爆で死傷者、3000人がタイに避難

 少数民族カレンの武装勢力が支配する地域では06年、国軍との戦闘が激化。非政府組織(NGO)のメコンウォッチによると、国軍は殺人や拷問、村の焼き討ちなどを行った。

 攻撃の目的は支配地域の拡大、反対勢力の抑圧、木材など天然資源の権益取得などだ。当時1万5000人以上が家を追われ、ジャングルに逃げ込んだとされる。

  以降、国軍とカレン族の武装勢力による戦闘は断続的に発生していたが、今年2月の軍事クーデター後、国軍による弾圧は激化した。

 カレン族組織の連合体、カレン平和支援ネットワーク(KPSN)によると、3~4月には軍による空爆で複数の死傷者が発生し、約3,000人がタイ側に避難を余儀なくされた。

 ■支援足らず、届けるのも困難

 タイ側に避難できなかった人々は、国内に設置された避難民キャンプか、屋根もないジャングルで生き延びていくしか術がなかった。

 

NEXT

「国軍は市民殺すのやめて」

1 2 3 4

あわせて読みたい

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す