松本人志
松本人志

 フジテレビで放送されている『人志松本の酒のツマミになる話』が人気を博している。この番組はもともと前身番組である『ダウンタウンなう』の中の特別企画として放送されていた。それが好評だったことから、2021年4月に独立して1つの番組になった。

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 松本人志がスタジオの中心にいて、出演者が車座になって話をするというフォーマットは『人志松本のすべらない話』と同じだが、番組に流れる空気は全く違う。『すべらない話』では、話芸のプロである芸人たちが、笑いのカリスマである松本の御前でとっておきの笑える話を披露する。「すべらない」と銘打たれているだけあって、芸人たちには並々ならぬプレッシャーがかかるため、収録現場には緊張感が漂っている。

 一方、『酒のツマミになる話』では、出演者が酒を飲みながら他愛のない雑談をする。特にテーマも決められていないため、話題はあちこちに飛ぶこともある。

 でも、それが面白い。アルコールが入ってほろ酔いの出演者たちが、ほかの番組では見せないリラックスした態度で雑談をするのが楽しい。

 この番組が人気を博している最大の理由は、コロナ禍のせいで人々の間で飲み会への憧れが高まっていることだ。昨今は酒を飲まない若者が増えているし、上司や年長者が下の立場の人間に対して「飲みニケーション」を押し付けるのは悪であるという風潮が根強い。

 だが、酒を飲むのが好きな人にとって、飲みの席でワイワイととりとめのない話で盛り上がるのは楽しいものだろう。コロナ禍により、人々はその楽しみを長期にわたって奪われてしまった。

 そんな中で始まった『酒のツマミになる話』は、失われた飲み会の疑似体験としての価値がある。酒の席で展開されるのはただの雑談である。話のテーマが明確でなくてもいいし、きちんとしたオチがなくてもいい。そんな飲み会特有のダラッとした雰囲気を味わえるのがこの番組の魅力なのだ。

 さらに付け加えると、雑談には雑談の面白さがある。普通のテレビ番組では、限られた時間で多くの情報や多くの笑いどころを詰め込む必要があるため、一つ一つの話の尺が短くなりがちだ。テレビタレントには瞬間的で即物的な笑いの取り方が求められているし、その能力が高い人だけが長く生き残っている。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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