福岡伸一さん (c)阿部雄介
福岡伸一さん (c)阿部雄介

福岡 はい。どちらもギリシャ語です。ピュシスは本来の自然という意味。とらえどころのない、言語化される前の自然です。ロゴスは、言語や論理という意味。人間が他の生物と異なるいちばんの点は、脳が肥大化してロゴスを生み出したことです。言語とは、コミュニケーションの道具である前に、世界を構造化する道具です。自分たちを包むとらえどころのないピュシスを分節化して、名前を付けて、整理整頓してきたのが人間という生物ですよね。ロゴスの力によって、文明社会や都市をつくり出した。その中では「道理が通る」わけです。

おおた 人間の大脳皮質が、ピュシスの中にロゴスの領域を構築した。

福岡 ピュシスの命令は種の保存。「産めよ増やせよ」の原則です。ピュシスにとって「個」とは、そのためのツールでしかありません。でも人間はロゴスの力によって、その命令から自由になりました。種の保存よりも個の生命の生き方を優先すると、相互に約束したんですね。それが「人権」という概念です。8年半前のインタビューで「勉強するのは自由になるため」と言いましたけれども、まさにそういうことなんです。一方で、ロゴスからこぼれ落ちてしまうピュシスの側面があります。それはおおたさんが『ルポ森のようちえん』で一生懸命おっしゃっていた非言語的な要素です。生命の豊かさとか輝きとか、はかなさとか。そこはロゴスの苦手分野なんです。生と死とか、病というものは、ロゴスにとってタブーなので、見えないようにしてしまいます。

おおた 自分たちからあふれ出る排泄物は水洗トイレですぐに見えなくしてしまうし、ひとが亡くなれば火葬場という、普段ひとの目には触れない場所で燃やしてしまう。

福岡 エロスも、ロゴスの苦手分野です。水着で隠すところはパーソナルな部分といわれているけれど、「なぜですか?」と聞かれたらみんな答えられないわけです。でもそれは、ロゴスではコントロールできないところだからですよ。ピュシスが溢れ出してくるからです。だから見えないようにする。

おおた なるほど。

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