所信表明演説を行った岸田首相(c)朝日新聞社
所信表明演説を行った岸田首相(c)朝日新聞社

 岸田文雄首相は8日、衆参両院の本会議で、初めての所信表明演説を行った。演説時間は約25分。岸田政権がどこを目指し、何を実現していくのかを国民に示したわけだが、新政権に期待できるのか。所信表明演説について、ジャーナリストの青木理氏は「1点か5点でもいいか」と語る。その理由とは…。 

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「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」

 演説も終わりに近づいたころ、岸田氏は「ことわざがあります」と、2度繰り返した。 岸田氏はその意味を「一人であれば、目的地に早く着くことができるかもしれません。しかし、仲間とならもっと遠く、はるか遠くまで行くことができます。私は、日本人の底力を信じています」と語った。

 このことわざは国民にはいまいちピンとこないが、青木氏も「こんなことわざ、僕も初めて聞きました。しかし、なぜわざわざ海外のことわざを引っ張ってくるんですかね。意味がわからない」と厳しい意見。さらに、皮肉を込めて次のように解釈した。

「一人ではなく仲間と進めとは、麻生太郎副総裁、安倍晋三元首相、甘利明幹事長の3Aの協力がなければ前に進めないという意味、そして”はるか遠くまで"というのは、われわれが望むのとはまったく別の方向の”はるか遠く”を意味するのではないか(苦笑)。政権の実態をみると、そう感じてしまいます」

 さて、所信表明の肝心の内容だが、「経済」という言葉が20回、「成長」が15回、「分配」が12回、「新しい資本主義」が7回繰り返された。これらが岸田政権のこれからを読み解くキーワードのようだ。

「気になる言葉といえば、たしかに『新しい資本主義』とか、『分配』ですよね。その言葉だけ聞けば、安倍・菅政権とは少し違う、いわゆる宏池会的な路線が滲んでいるようにも感じられます。つまりは経済重視、再分配による格差や富の偏在の是正、一方で安全保障は軽武装路線のハト派といった『宏池会の価値観』を前面に出そうとしているという印象は受けます」

 岸田首相の言う「新しい資本主義」とは何か。

「世界中で剥き出しの新自由主義と強欲資本主義が猛威をふるい、それによって中間層が破壊され、貧富の格差がかつてなく拡大した。そうした不満が政治を不安定化させ、欧州では極右やポピュリズム勢力を、アメリカではトランプ氏の出現などにもつながった。だから富の再分配と格差の是正が世界的課題なのは事実でしょう。しかし、岸田政権を眺めると、それを実現するための基盤となる足下の閣僚や与党執行部の顔ぶれはどうか。新自由主義路線を推し進めてきた安倍元首相や麻生元首相といった政治勢力に依存し、頼らなければ何もできない状況では、言葉が浮遊するだけの結果になるのは明らかでしょう」

 掲げた目標や計画はいいが、実効性には大いに疑問符がつき、看板倒れになってしまう可能性が高いというわけだ。党役員人事に早くもその兆しが見えているという。

「たとえば、党執行部の人事はひどいものです。肝心の経済政策をはじめとする政策全般を取り仕切る高市早苗・政調会長はバリバリの新自由主義者。かつて『弱者のフリをして少しでも得をしようと、そんな国民ばかりでは日本が滅びる』などと言い放ったこともあります。また、財務相をはじめとする閣僚にも新自由主義者がズラリと顔を揃え、甘利明・幹事長なども同様でしょう。しかも甘利氏は、口利きの対価として大臣室で現金を受領した問題をいまだにきちんと説明していない。こんな人物を幹事長に据えた時点で終わってます」

 岸田首相が、所信表明で「被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは『核兵器のない世界』です」と語った時にはハッとした人も多いかもしれない。

「この部分に目と耳を引かれた人はいるでしょうが、被爆地・広島はそもそも宏池会の牙城です。岸田氏は宏池会の池田勇人元首相、宮澤喜一元首相が築いた伝統を背負っていますし、自身も広島選出の国会議員ですから、この程度のことは言うでしょう。しかし、肝心なのは具体的な核廃絶への道筋をどう描くのか、という点です。たとえば核兵器禁止条約に参加するのかどうか。そうした点については具体的な道筋はまったく見えず、従来の曖昧な態度に終始するだけでした。

 その岸田首相は「外交・安全保障政策の機軸は日米同盟です」と語り、「ミサイル防衛能力など防衛力の強化」を掲げた。

「経済政策では宏池会的な印象を一応打ち出す一方、安全保障面ではタカ派路線を露骨に滲ませましたね。もともと安倍元首相らへの配慮から、岸田氏は総裁選でも敵基地攻撃能力の保有などに前向きな発言もしています。結局、広島にバックボーンを置く政治家としてきれいごとは言うけれども、具体性はほとんどなく、むしろ安倍元首相らに引きずられていくんじゃないですか」

 綺麗なことを並べ立てているが、政権の実態は乖離しているということもありそうだ。 その一方で岸田氏は「いい人」「紳士的な人」という人柄に対するいい評価がある。その人柄で党をまとめ上げて、実行していくのは難しいのだろうか。

「難しいというより、無理でしょう。これで自民党が変わるかもしれない、などと期待する人がいるなら、それは甘すぎます。忘れてはならないのは、いったいなぜ岸田氏が新首相になったのか。要は菅首相では選挙で大負けするから、表紙を変えておきたいという自民党の都合にすぎません。また、久しぶりに宏池会政権になったといっても、派閥の力が強かったかつての自民党と現在はまったく違います。はっきりいって岸田政権は安倍、麻生元首相らの傀儡ですから、お手並み拝見という以前に、何かが変わると期待するのはナンセンス。本当に政治を変えたいなら、自民党を牽制する野党勢力の力を強めるしかありません」

 岸田氏はさらに「明けない夜はありません」と呼びかけて演説を結んだ。国会の与党の議員のからは拍手が巻き起こり、感動的に受けとめた雰囲気もあった。 シェイクスピアの戯曲「マクベス」にも出てくるセリフだ。

「逆に僕はカチンときましたけどね」

 それは次のような理由によるからだ。

「未曾有の危機というべき新型コロナ対策で、安倍・菅政権が万全の対策を尽くしたと考えている人はほとんどいないでしょう。必死にやっての失敗ならともかく、やることなすこと後手後手でピント外れな対策ばかり。いつまで経っても検査すら増えず、少し感染者が増えると医療崩壊の危機が叫ばれることの繰り返し。岸田新首相も、その政権で要職を歴任してきたわけです。そうした劣悪な政治によって痛めつけられた人びとが『明けない夜はない』と願い、嘆くならともかく、ひどい政治を強いてきた側が上から目線で『明けない夜はない』とはいったい何事ですか」

 同じ言葉でも発する人の立場やタイミングによって、聞いた人の受け止め方は変わってくる。つまり、言葉選びのセンスがないということのようだ。

 総裁選では、岸田首相は「トーク力が上がった」と評判だったが、所信表明演説はどうだったか。

「まあ、前任の菅義偉前首相のトーク力がひどすぎましたからね。官僚がつくった文章をひたすら読み上げるだけだった前首相に比べれば、ずいぶんましになったなと思う人もいるでしょうけれど、総裁選を通じた会見などにしても、今回の所信表明演説にしても、人びとの感情を深く揺さぶるようなメッセージはない。知人の政治記者が岸田氏を評して『あたりさわりのないことを喋らせたら永田町でナンバーワン』と皮肉ってましたが、言い得て妙だと思います」

 岸田氏は文章を読むためにほとんど下を向き、時々、顔を上げるというスタイルだった。

「現在のコロナ禍は、言うまでもなく人類史的な危機です。ならばせめてその危機に立ち向かう為政者として必死の覚悟を示すとか、人びとに真摯な協力を求めるとか、あらかじめ作った文章を読み上げるにしても、もう少し響く一文があってもいい気がしたのですが、世襲のボンボン議員にそんなことを求めるのは所詮、ないものねだりということでしょう」

 岸田首相は4日の記者会見で、衆議院を14日に解散し、19日に公示、31日投開票の考えを表明した。

 「表紙を変えたにすぎないとはいえ、首相が変わったご祝儀相場があるうちに、一刻も早く解散して総選挙になだれ込みたいということなのでしょう。菅政権の末期はヘタすると大幅な議席減とまで予想されていたものが、少しでもそれを抑えられれば、岸田政権も何とかもつという見方もあるようです。ただ、本当に負け幅を減らせるかどうか、もし衆院選を乗り切れたとしても、来年夏には参院選挙が待っている。安倍元首相らに牛耳られ、政治とカネの問題にまみれた甘利幹事長、小渕優子氏らを登用する“自己都合的再チャレンジ内閣”がそれほど長く続くとは到底思えません」

 これらの話を総合し、岸田首相のはじめての所信表明演説を採点するとしたら、100点満点中、何点になるだろうか?

 「0点でしょう。演説にかんしては前任者がひどすぎたから1点ぐらいあげてもいいけれど、実態としてはまぁ0点ですね」

(AERAdot.編集部 上田耕司)

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上田耕司

上田耕司

福井県出身。大学を卒業後、ファッション業界で記者デビュー。20代後半から大手出版社の雑誌に転身。学年誌から週刊誌、飲食・旅行に至るまで幅広い分野の編集部を経験。その後、いくつかの出版社勤務を経て、現職。

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