女子4×100mリレーに出場した池江璃花子 (c)朝日新聞社
女子4×100mリレーに出場した池江璃花子 (c)朝日新聞社

「またこの舞台に戻ってきて、世界の選手たちと戦えるということは幸せだと思いました」

 7月24日に開幕した東京五輪の競泳競技。夜から始まった予選レースの最後に、五十嵐千尋、酒井夏海、大本里佳らとともに女子4×100mリレーに登場した池江璃花子は、泳ぎ終わって入場したときの気持ちを話した。

 2019年2月に白血病を公表し、治療に専念。同年4月の日本選手権、世界選手権にも出場できず、ライバルたちの泳ぎをベッドから見ることしかできなかった。

 その世界選手権では、女子100mバタフライで優勝したマーガレット・マクニール(カナダ)、2位のサラ・ショーストロム(スウェーデン)、3位のエマ・マッキーオン(オーストラリア)の3人が『Ikee Never Give Up Rikako』と手のひらにメッセージを書いてエールを送った。その姿をリアルタイムでは見ることができなかったが、あとからそれを知り、復帰に向けた力をもらった。

 その後、苦しい心情を吐露しながらも治療を乗り越えた池江は、同年12月には退院を発表。その3カ月後には、プールに入って笑顔を見せるまでに回復していた。

 それでも、一般人と同じように運動することもままならない状態の池江が、コンマ数秒を争うようなアスリートの身体に戻すには、まだまだ時間はかかるかと思われた。

 しかし、そんな周囲の思惑をよそに、急激に池江は失った時間を取り戻していく。2020年8月には競技会に復帰。そこで学生日本一を決める、日本学生選手権(通称インカレ)の50m自由形の出場権を獲得。プールに入ってたった半年で全国大会に出場できるまでに復調していたことだけでも驚嘆に値するものだったが、そのインカレでは決勝に進出し、表彰台まであとコンマ04秒の4位と、これもまた周囲を驚かせる結果を残した。

 ここから一気に池江は加速していく。以前の自分を取り戻す、という考えではなく、全く新しい池江璃花子を作り上げる、という考え方が良かったのかもしれない。アスリートは“以前はこうだった”と、得てして過去の感覚にとらわれてしまうことが多い。当時と身体も体調も違うはずなのに、いつまでも過去の感覚にとらわれてしまい、前に進めない。スランプの一因にもなりやすいのだが、池江はそれが全くなかった。過去の泳ぎの感覚を取り戻そうなどと、ひとつも考えていなかった。

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「僕たちが本当に目指すのは、パリ五輪だから」