過去には、水泳のマイケル・フェルプス選手やイアン・ソープ選手がうつ病を告白したこともあった。両氏とも現役引退後に明かしており、今回の大坂選手のように大会の真っただ中ではなかった。

「引退後に苦しかった過去を打ち明けるというのは、まだ言いやすかもしれません。けど、現役選手はなかなか難しい。いつの間にか鎧を纏っています。特に大会中は、強い自分という鎧を脱ぎ捨てることはできない。だからこそ、大坂選手のおかげで言いやすくなったと思います。」

 そもそも不調をきたす前に、一定期間の休養が必要という考え方はスポーツ界にも広まってきている。「スポ根」が根強い学校の部活動でさえ、スポーツ庁のガイドライン(平成30年「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」)で「学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける」など適切な休養日の必要性が明記されている。プロレベルともなれば、心身への負荷は相当なもの。

「面白いことに、競技を長く続けた選手の経歴をみると、一定期間、ケガなどを理由に試合に出ていない選手が多かったのです。もちろん、ケガが引退のきっかけになることもありますが、ずっと元気で何年も活躍できる世界ではない。僕は高校時代に、ケガでほとんど走れなかった時期があります。でもそのおかげで心が保てました」

 大坂選手が投げかけたのは、心身の休養の必要性だけではない。スポーツビジネスのあり方にも一石を投じることになりそうだ。

 プロとなれば、選手はただ競技に集中していればよいわけではなくなっていく。注目を集め、スポンサーが付くことで収益を得る商業的な構造の中に選手は埋め込まれる。特にテニスは人気が高く、トップ選手となれば注目度も抜群。賞金も大きく、スポンサーなどのステークホルダーが複雑に携わっている競技でもある。

「アスリートが競技結果だけで、その競技を人気にしていけるかというとそうではない。競技以外の面でも魅力を出すことが、競技の人気を高めていく上で有効です。つまり、会見の場などで選手がキャラクターを出す。それによって感情移入しやすくなります。大会の運営側も、選手たちの様々な側面を引き出しながら話題を作り、それによって放映権料が高まり、スポンサーが付き、選手の環境も整備され報酬も高くなる大きなビジネスの一角に選手は立っています」

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トップ選手はメディア・トレーニングを受けている